物を盗みたい衝動を抑えられずに窃盗を繰り返す窃盗症(クレプトマニア)の患者は、万引をしやすい環境を認識したときに視線が特異なパターンを示すとする論文を、京都大学情報学研究科の後藤幸織准教授らの研究チームが発表した。万引依存症のメカニズムを解明することで治療や予防に役立てたいとしている。
窃盗症は、アルコールや薬物をやめられない物質使用障害と似た症状があることから依存症の一つだと考えられている。だが、アルコール依存症などのように対策が確立されておらず、知見そのものが乏しいのが現状だ。
アルコール依存症では、アルコールの摂取と、その際の環境を関連づけて学習してしまうと、同様の環境に身を置くことが引き金になって、お酒が飲みたくなるなどの「生態の変化を伴う強い渇望」が引き起こされることが分かっている。研究チームは、窃盗症でも同様に不適切な学習がなされた結果、万引依存症に陥っているのではないかと考えて、患者らの眼球運動と脳活動に着目した。
実験には窃盗症患者11人と健常者27人が参加。両者の目の動きを比較するために、窃盗への渇望を引き起こすと考えられるスーパーマーケットの売り場や、販売されている商品の写真や映像を見せて、窃盗とは関係がない屋外の風景などを見た場合と「視線の注視回数」「注視した時間」「まばたきの回数」「瞳孔の大きさの変化」がどのように異なるかを調べた。また、認知機能や情動の制御にかかわる脳の前頭前皮質領域の活動を測定した。
目の動きを比べたところ、視線の注視回数など4つの要素については窃盗症患者と健常者に違いはみられなかった。だが、4つの要素を足し合わせるなどして割り出した視線の「パターン」をもとに解析すると、窃盗症患者は買い物客や店員がいないスーパーマーケット内の写真に対して特異な視線パターンを示すことが分かった。人がいるスーパーマーケットや商品の写真、風景写真などとはまったく異なっていたという。健常者の視線パターンは、すべての画像においてほぼ同じだった。
同様に、前頭前皮質の活動についても窃盗症患者が万引をしやすい環境の写真を見たときのみ、ほかの写真を見たときとは脳活動のパターンが異なっていた。健常者にはこうした違いがなかった。
後藤氏は「(窃盗症患者は)まばたきの回数が多い、少ないというように、何か一つのものが分かりやすく異なっているというわけではない」と振り返った。研究チームは「窃盗症は依存症と同様のメカニズムが関わっている可能性を初めて示唆するものとなります」と結論付けて、ほかの行動依存症や薬物依存症との関連を追究するとしている。