為替が固定相場から変動相場制に移行して14日で50年。戦後、1ドル=360円の固定相場で輸出を拡大し経済成長した日本は、変動相場制後の円高にコスト削減や海外進出などで対応してきた。しかし昨年春から円安が加速。輸入に頼るエネルギーや食料価格高騰もあいまって物価が上昇した。国民生活に影響が広がっており、現状の日本は円安への対応に迫られる。
「スミソニアン協定以降も、米国の国際収支が改善されなかった。米国の10%のドル切り下げを欧州主要諸国とともに歓迎し、円の為替相場は当分の間フロートさせることにした」
昭和48(1973)年2月14日の衆院本会議で当時の田中角栄首相は、先進国との共同歩調が変動相場制(フロート制)に移行した理由だと説明した。さらに「適当な時期に固定相場制に復帰したい」と述べたが、固定に戻ることはなかった。
1ドル=360円の固定相場は1971年8月の「ニクソン・ショック」で変動相場に変わった。しかし、4カ月後の12月には「スミソニアン協定」で1ドル=308円の固定相場に戻った。その後も米国の国際収支は改善せず、先進国間で変動相場制への移行の動きが広がり、日本も従った。
変動相場制は日本の輸出産業を直撃すると危惧されてきたが、製造業はコスト削減で円高を乗り越えた。その後、1985年9月の「プラザ合意」で円高が急進。製造業はコスト削減をさらに進め、自動車など多くの企業が海外工場進出を加速させた。
日本企業は半世紀にわたり円高対応に徹してきたが、昨年春以降、為替の局面が変わった。ロシアのウクライナ侵攻や、米国と日本の金利差の拡大などから円安が進行。昨年10月21日には1ドル=151円台と32年ぶりの安値水準まで下げ、最近は130円前後で推移している。
日本経済は円安にどう対応すべきか。丸紅経済研究所の今村卓所長は「円安はコストアップを価格転嫁できる社会に転換する機会」と指摘する。デフレ脱却、賃上げなど山積する課題もコストの価格転嫁が進めば、解決の道も開けるとしている。(遠藤一夫)