両国国技館の本土俵でその光景を目にするとは思わなかった。
令和3年9月に現役を引退した元横綱白鵬、宮城野親方(37)の引退相撲がさきに国技館で開かれた。3人の元首相が会場に姿を見せるなど政財、芸能界の著名人を含む約280人が断髪式ではさみを入れた。そのオープニングセレモニー。同親方と親交のある歌舞伎俳優の市川團十郎(45)が鶴と亀が描かれた上衣とはかまをつけて西の花道から登場した。
囃子方が土俵最前列に控え、約10分間、祝いの舞踊とされる「三番叟(さんばそう)」を舞った。日本相撲協会の了承もあってのことだろう。司会者は「日本の伝統芸能を象徴する演目。ぜひ見ていただきたい」と繰り返し盛り上げ、観衆からは大きな拍手が起きた。
平成31年4月、水戸市内で行われた春巡業が頭をめぐった。弓取り式が終わり興行が終了した直後、俵を外した土俵の上にやおら板とシートが敷かれて簡易の舞台が設置された。観客の多くがまだ着席していたなか、狂言師の和泉元彌、女性狂言師らが現れ「三番叟」「棒しばり」などを演じた。
このとき、その場に居合わせていた。当地の巡業を担当していた親方は協会と連絡を取り合い、勧進元を含めて現場は混乱した。その親方は「土俵から俵を外していることもあり、土俵であるという認識ではない」と苦悩の表情で説明した。
だが、天井からは水引と四方房がついた簡易屋形が下げられたまま。「神事とされる土俵」「神聖な闘いの場」「鍛錬の場」は板一枚の下にあった。そして、再び本土俵で「三番叟」をみることになるとは…。