10年前のこと。結婚して初めて迎えたお正月が終わった頃、同居する夫の祖母がつぶやいた「お鏡さんの橙(だいだい)、捨てるのもったいないなぁ」。橙って皮も固いしそのままでは酸味と苦味があるし…と、私はものすごく戸惑った。今なら「ええやん、もうごめんなさいしとこうよ」と言えるのだが、当時はまだ素直で遠慮がちだった私。それならば、と捨てるはずの橙でマーマレードを作ることにした。
とはいえマーマレードは手間がかかる。皮をむき、白いわたをとり、皮を細かく刻み、ゆでこぼし、果肉と果汁を取り出して。工程の多さに途中で何度もいやになりながら、なんとか瓶詰めに到達した。結果、そこにはおひさまみたいに鮮やかな美しい橙色の、ツヤツヤと輝くマーマレードが出来上がっていた。捨てなくてよかった! 私は心底そう思った。
実家の母にもおすそ分けしつつ、ことの顚末(てんまつ)を話すと、「橙の神様がきっと喜んでるよ」と言ってくれた。
それから、お正月が過ぎると橙を集めてマーマレードを作るようになり、それは橙の神様と私の恒例行事となった。
ここ数年は育児などの忙しさにかまけてマーマレード作りはお休みしていたのだが、今年は数年ぶりにマーマレードを作ることにした。10年であのかわいらしい素直な新妻は、3人の息子を育てる肝っ玉母ちゃんに進化してしまった。けれど変わらずおいしく美しいマーマレードが完成したのは、やはり橙の神様が喜んでくれているからだろう。
瓦本安見(37) 大阪市住吉区