今年で開校50周年となる神奈川県海老名市の市立門沢橋小学校で、昨年夏に老朽化で撤去された巨大滑り台が3次元(3D)の立体モデルとしてデジタル空間によみがえった。学校創立間もないころに周辺住民の好意で設置され、愛されてきた地域のシンボルは形を変え、IT教育の教材として役立てられる。3Dデータの保存のアイデアが持ち上がったのは撤去工事開始のわずか1週間前。地域の名物は多くの人に支えられ、喪失を免れた。
同小に設置されていた巨大滑り台は高さ約5メートルほどで、コンクリート製の円錐(えんすい)台を土台にして、さらに鉄製のらせん階段を上った鳥かご状のような滑り出し口から一気に急降下する形をしていた。
3Dデータ化したのは、鉄鋼流通商社の五十鈴(東京都千代田区)グループの五十鈴中央(大和市)。ドローン(小型無人機)などを使って約400枚の画像を撮影し、レーザー測量と合わせて立体モデルを作成した。QRコードを読み取れば、スマートフォンやタブレット端末、パソコンでも表示でき、360度どの角度からでも立体モデルを見ることができる。
巨大滑り台は昭和48年の開校直後、子供たちの遊び場にするために周辺住民からの寄付で作られた特注品だ。当時は第2次ベビーブームを背景に児童数は増加傾向となり、周囲でも小学校の開校が相次いでいた。「他校に負けないものを」と500人以上が募金に協力したという。
事故防止のために遊具の規制が強化される中、特注品の巨大滑り台は明確な強度基準もなく、安全の確保が難しくなっていた。鉄製部品の老朽化が進む中で一部を使用禁止にしていた。令和2年ごろから50周年の記念事業として改修を模索してきたが、基準のない遊具の修繕を請け負う事業者は見つからず、撤去することが決まった。
撤去工事の開始が1週間後に迫る昨年7月中旬、事態は急転直下する。同小の卒業生が五十鈴中央の担当者と偶然一緒になった会合で、3Dデータの保存技術を知り、相談を持ち掛けた。五十鈴グループの経営陣からも異例の早さでゴーサインが出て、2日間かかる測量は工事開始前日に終えることができた。
3Dデータを表示させるために読み取るQRコードは21日に開かれた学校創立50周年の式典で公開。3月には現実世界の映像に立体モデルを重ね合わせて表示する拡張現実(AR)などのデジタル技術を学ぶ課外授業でも使われる予定で、来年度以降も継続してデジタル教材として活用する。
実物の巨大滑り台は惜しまれながら撤去されてしまったが、児童らが仮想空間の「メタバース」で自分の分身であるアバターを操って巨大滑り台を遊ぶ未来もやってくるかもしれない。(高木克聡)