首都直下地震などの大規模災害発生時に備え、東京都千代田区は負傷者の搬送などの体制を強化しようと、民間救急事業者と協定を結んだ。同区は人口に比べて圧倒的に多数の通勤、通学者を抱える。昼間の発災など状況によっては区の能力を大きく超える被害が発生する可能性がある。そのような課題に、民間の力を活用した体制拡充で対応する。
協定は日立自動車交通(足立区)と喜楽屋(文京区)の2社と結んだ。両社とは区内の新型コロナウイルス患者輸送などですでに協力体制を築いていた。協定では災害時に負傷者や帰宅困難者の搬送や医療関係者やボランティア、医薬品などの輸送を担う車両を派遣することなどを定めた。車両数はひとまず各社1台で計2台を想定する。
これは「たった2台」ではない大きな意味を持つ。現在、千代田区が災害時に負傷者の搬送用などで確実に確保できる区有車は〝わずか〟2台だという。協定によって対応能力は倍増する形だ。
昼間は巨大自治体
首都・東京の中枢に位置する同区だが、都による推計人口は約6万7千人(令和4年12月1日現在)で、世田谷区(約93万人、同)や練馬区(約75万人、同)などと比べて小規模な自治体だ。
一方で、昼間には多数の通勤・通学者が区内に流入する。令和2年の国勢調査によると、千代田区は港区(118万2千人)に次ぐ116万9千人と全国2番目の昼間人口を抱える。夜間人口に対する昼間人口の割合(昼夜間人口比率)は1753・75%と全国の自治体で突出した最高値を記録する。
夜間の小ささに比べ、昼間は一転して単独で政令指定都市に匹敵するほどの巨大自治体となるのが、千代田区なのだ。ただ、職員数や保有する車両などは、夜間人口、つまり区内に居住する区民数がベース。区職員は事務系の管理職も含め総勢1千人程度しかない。昼夜間で人口が17倍強も異なるという特殊事情を抱える中、災害時に区単独での対処には限界があるのが現実だった。
トリアージからの搬送
4年5月に東京都が公表した首都直下地震の被害想定では、マグニチュード(M)7・3の「都心南部直下地震」が発生した場合、区内でも一定の負傷者発生を見込んでいる。ただ、昼夜間人口の格差を背景に、発生時間帯によって大きな幅がある。昼間に発生した場合の負傷者が3501人だったのに対し、早朝では230人と大きく減る。
一般的に災害発生からおおよそ72時間の対応が、生死を大きく左右するとされる。区では平成28年12月、区内の6病院と、災害時に「緊急医療救護所」を設置し、地元医師会などと協力し、緊急度や重症度に応じて治療の優先順位を決めるトリアージを行う仕組みを整備する協定を結んでいた。
ただ、病院間の搬送などで目詰まりが発生する懸念があった。区が特に危機感を抱くのは、通勤・通学者が集中する昼間時間帯の災害発生だ。救急車などでの搬送がパンク状態となれば、トリアージは行えても、適切な医療の提供が難しくなる。
今回の協定により民間救急事業者が病院間の搬送を担うことで「決してこれだけで万全とは考えていない」(担当者)というものの、体制は確実に強化される。
昨年12月7日に催された締結式では、日立自動車交通の佐藤雅一社長が「災害時にみなさまの移動に尽力させていただきます」と述べ、喜楽屋の蓬澤大輝取締役も「迅速に対応できるように、日々、心得ておきます」と語った。(中村雅和)