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歌手・石川さゆり<11>アイドル「3人娘」のはずが…

産経ニュース
昭和48年ごろ
昭和48年ごろ

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《昭和48年3月25日、「かくれんぼ」(作詞・山上路夫、作曲・猪俣公章)で歌手デビューする。15歳のときで、キャッチフレーズは〝コロムビア・プリンセス〟。ジャケット写真は白いエンゼルハットに黄色のタートルネックセーター。その姿が初々しい》


一応、アイドルで売り出したんです。そういう時代でした。(森)昌子ちゃんが先に「せんせい」(作詞・阿久悠、作曲・遠藤実、47年7月1日)でデビューし、私が続き、その後(山口)百恵ちゃんが「としごろ」(作詞・千家和也、作曲・都倉俊一、48年5月21日)でデビュー。同じ事務所で、そろったところで〝ホリプロ3人娘〟というのを作ったんです。

〝3人娘〟の初イベントは野音(日比谷野外音楽堂、大正12年7月開設)でした。そういえば野音は今年で100周年なんです。いま亀田誠治さん(音楽プロデューサー)や湯川れい子さん(音楽評論家、作詞家)らいろんな人たちが集まって100周年記念事業の企画をやっていらっしゃる。私も実行委員会のメンバーの一人としてやらせてもらってますが、今から50年前、野音50周年記念のときに新人でステージに立っていた。

最近でもコロナ前から野音の日比谷音楽祭には参加させてもらい、布袋寅泰さん、KREVAさんやMIYAVIさんとやったりしています。自分が歌い始めたときにここに立ち、いま新しい仲間と立って、そこが100年を迎えようとしている。世の中の巡り合わせって面白いですね。


《芸歴50年の重みを持つが、当時、〝ホリプロ3人娘〟の売り出し作戦は頓挫する。昭和48年2月25日にデビューしたサンミュージック所属の桜田淳子さんの「天使も夢みる」(作詞・阿久悠、作曲・中村泰士)がブレーク。森さん、山口さんという新たな3人組が脚光を浴びる。抜群の歌唱力を誇っていた石川さんだが、レコードの売り上げは3人を下回った。1歳年下の〝花の中三トリオ〟の陰に…》


私はいきなりヒット曲をいただけなかったし、この世界によくある〝あるある〟ですよ、フフフ…。大人のね、やはりいろんな戦略とか、今であれば、〝そうだよね、そういうことなんだろうな〟とか、いろんなことがわかりますが、(当時は)子供ですからねぇ。「あれ? 何でよ~」って。


《「スター誕生!」(日本テレビ系、46年10月から12年間にわたって放送された視聴者参加型歌手オーディション番組)の影響力に屈する…》


やはりね、淳子ちゃんを含め3人はみんな〝スター誕生!〟出身なんです。誰もが注目する大きな番組で、私は局(フジテレビ)も違うし、夏休みの期間限定の小さな大会…。私がちょっと順調に伸びなかったということもあるけど、ある意味、〝スタ誕3人娘〟というのは、そういうこと(エリート組)なんです。あの時代、歌謡曲、歌謡界は今よりも、もっともっと、ひたすら華やかだった。だからそういうこと(格差)も、う~ん、今考えると当然ですね。


《アイドルが集合してのハワイ旅行。山口さんのホテルの部屋はオーシャンビュー(海側)、石川さんはマウンテンビュー(山側)という〝格差〟》


はっきりしていた。(百恵さんだけでなく)昌子ちゃんもオーシャンビューでした。今もね、そのホテルはハワイにあるんですよ、フフフ…。あるとき、通りかかって「ああ、そう(山側)だったな」と思ってみることはありましたよ。ここに建っていて、景色はきれいだったけど。ええ、そこは事務所ははっきり(区別)していましたね。ま、そんなもんでしょう。

でも、そんなに辛(つら)いと思ったことはなかったです。そんなことよりも歌を歌っていることが面白くって、楽しくって。今より、歌の番組がいっぱいあったんですね。だから…。(聞き手 清水満)

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