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キング・ペレ 論説副委員長・別府育郎

産経ニュース
 1958年W杯スウェーデン大会決勝のスウェーデン戦で、シュートを放つブラジルのペレさん(右)(ゲッティ=共同)
 1958年W杯スウェーデン大会決勝のスウェーデン戦で、シュートを放つブラジルのペレさん(右)(ゲッティ=共同)

仕事柄さまざまな人に会うが、取材先にサインを頼んだことはない。記念撮影を求めたことも、ほぼない。ただ一度、バルセロナのプールで同僚に誘われ、ジャネット・エバンスとの写真に納まったことはある。

それも記者になってからのことで、学生時代の1977年秋にはサッカーの王様、ペレと握手したことがある。東京・後楽園球場の外に人だかりがあった。やじうま根性でのぞいてみると、ペレが通行人の握手攻めにあっており、その列に加わった。

ニューヨーク・コスモスの一員として来日し、本塁打王、王貞治との対談の帰りだったらしい。嫌な顔一つ見せず、ていねいに握手を繰り返す姿が印象的だった。

「世界の王」も、サインを断らないことで知られる。少年時代に巨人のウォーリー与那嶺要にもらったサインのうれしさが、そうさせたのだという。握手やサインをいとわないペレの姿は、母国ブラジルでも、サッカー発祥の欧州でも、自らのルーツがあるアフリカでも変わらなかった。

初恋の人も最後の夫人も日系人で、親日家だった。東日本大震災があった2011年には、被災地の小学校を訪問し、ポルトガル語で「アミーゴ(友達)」と書いたサッカーボールを子供らに手渡した。仮設住宅にはホットカーペットや電気毛布も運んだ。

ペレだけではない。例えば東京の恋人、体操女王のベラ・チャスラフスカも被災地で子供らを励まし、プラハにも招待した。こうしてW杯や五輪の本来の価値が種子として各地に拡散していった。

史上最高の選手はペレか、アルゼンチンのマラドーナか。ともに母国をW杯優勝に導いた「10番」は、圧倒的な実績と技術で人気を二分した。2人の評価を明確に分けたのは、サッカー大使として世界を歩み続けた、ペレの「善行」だったかもしれない。

国際サッカー連盟(FIFA)が「20世紀最優秀選手」を選考した際、インターネット投票ではマラドーナが圧勝したが、最終的にはペレに決定した。選考理由には2人の「行状」も含まれたろう。見方を変えれば、終生悪童を通しながらキングに比肩したマラドーナの魅力もまた計り知れない。

ペレは昨年12月29日、82歳で亡くなった。世界中が悲しんだ。マラドーナは、20年11月に60歳で亡くなっている。

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