日本は自国の安全保障を米国との同盟関係に大きく依存している。中東の大国サウジアラビアも、その点において日本と同様だ。
このサウジを中国の習近平国家主席が訪問したことについて、朝日新聞は昨年12月9日のウェブ記事で、「サウジと総額4兆円の投資覚書、影響力拡大図る中国 米国は『留意』」という見出しで報じ、「米国とサウジは長年、資源と武器を依存し合う良好な関係だったが、18年(2018)にトルコで起きたサウジ人記者殺害事件への(皇太子の)ムハンマド氏の関与が疑われたことを米国が問題視し、亀裂が生じた」「サウジと米国の関係は(中略)さらに冷え込む」などとした。
しかしこの記事は重要な事実に言及していない。それは、サウジは米国の安全保障協力なしには自国の安全を維持できないという事実だ。米国務省はこの点について、「サウジは米国の安全保障協力に支えられ、国内外の標的に対する多数のテロ未遂を阻止し、外部からの攻撃も抑止している」と明言している。
米国のサウジに対する1266億ドルの対外有償軍事援助(FMS)案件は現在も進行中であり、戦車やブラックホーク、ジャベリンといった軍装備の売却に加え、管制システムや軍の近代化、兵士の訓練なども行われている。直接商業売却(DCS)でも米国の軍用車両、軍用電子機器などが引き渡されている。
サウジが米国との関係を断つ日がくるとするなら、それは中国が米国に代わりサウジの安全保障を担保するようになった時である。中国がサウジにとっての脅威であるイランとも包括的協力協定を締結している現状をかんがみるに、この想定は少なくとも現段階では非現実的だ。
米国がサウジを支援するのは、サウジを「安定し、安全で、繁栄する中東という共通の目標に向かって共に取り組む」パートナーと認定しているからだ。両国関係は朝日の主張するような「資源と武器を依存し合う関係」ではなくなって既に久しい。
朝日がこの事実に言及せず、日本にとって最大の石油輸入国であるサウジがあたかも米国から中国にパートナーを乗り換えたかのような印象を与える記事を出すのは、いつまでも米国と同盟関係を続けるのは日本にとって危険だという方向へと世論を誘導するためであろう。
サウジが中国と経済関係を強化しているのは事実だ。しかし、自国の安全保障を米国に依存しているのもまた事実である。前者を強調し後者に触れない朝日の記事は偏向していると言っていい。
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いいやま・あかり 昭和51年、東京都生まれ。イスラム思想研究者。上智大文学部卒、東大大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。麗澤大学客員教授。著書に『中東問題再考』など。