従業員のストレス状況を可視化し、うつ病などの精神疾患の発症を未然に防ごうという試みが、「未病」を意識した神奈川県主導の取り組み「神奈川ME-BYOリビングラボ」の実証事業としてスタートした。ストレスを受けると尿に排出される「バイオピリン」という物質をバイオマーカー(疾病の有無などの目安となる指標)として利用する検査を、県内企業の従業員を対象に実施する。すでにストレスチェックとして導入されている「職業性ストレス簡易調査票」と比較することで、「自覚できないストレス」を測定する指標としての有効性を検証する。
活性酸素の量を示すバイオピリン
バイオピリンとは、ストレスを受けたときに体内で発生する活性酸素によって副次的に作り出される物質。尿中に排泄されるため、その濃度から体内の活性酸素の量を測ることができる酸化ストレスマーカーとして用いられる。
細胞にダメージを与える活性酸素が精神的ストレスにも反応して生産されることに着目した島根大学医学部の大西新・特任教授は、同大発のバイオベンチャー「RESVO」(神奈川県川崎市)を立ち上げ、尿中バイオピリン濃度をメンタルストレスマーカーとして応用する技術を開発。うつ病や統合失調症の患者だけでなく、発症の前駆段階である「ARMS」(At Risk Mental State)の状態からバイオピリンの分子が尿中に排出されることを確認し、発症前の状態でリスクの高い人にアプローチできる可能性を示した。
大西氏によると、バイオピリン自体は30年ほど前に東京医科歯科大学で発見されていたが、保存には-80℃の低温環境が必要となるなど取り扱いの難しさに課題があった。そこで大西氏らは低温環境を作らずとも物質を壊さずに維持できる保存料を独自に開発し、特許を取得。これがブレイクスルーとなり、誰でも簡便に検査できるキットの開発にこぎつけた。
すでに実用化されているメンタルストレスマーカーとして、唾液から採取できるコルチゾールというストレスホルモンが知られているが、大西氏によるとコルチゾールが数時間内に晒されたストレスに反応するのに対し、バイオピリンは週~月単位で蓄積したストレスを把握できるという特徴があるという。何よりも、コルチゾールが単にストレスに反応するホルモンであるのに対し、バイオピリンが脳細胞にダメージを与える活性酸素と直接関連していることに、指標として意義があるとの見方を示す。