NHKホール(東京都渋谷区)にわき上がる歓声と拍手、そして手拍子が、「有観客」で行われる紅白歌合戦の良さを改めて示していた。令和4年の大みそかに行われた第73回NHK紅白歌合戦。感染症や軍事侵攻といった不安の時代に「LOVE&PEACE」(愛と平和)という原点をテーマに選び、「大みそかを年に一度の『ハレの日』にしたい」という制作陣の思いはステージから伝わってきた。ただ、過去の名曲に頼りきりの現状は変わらず、余韻がなくゲスト審査員を生かせない進行など、「弱点」も浮き彫りになった。取材に当たった記者が4時間あまりのステージを振り返る。
堂々の司会、橋本環奈
前半で目がくぎ付けになった場面がある。「SEKAI NO OWARI」の「Habit」だ。メンバーが舞台裏を歌いながら歩き、NHKホールに飛び込む。カメラに映し出されたのは、観客が手にした七色に輝くサイリウム。前々回は新型コロナウイルス禍で無観客、前回は有観客だが東京国際フォーラム(千代田区)での開催で、NHKホールでの久々の紅白らしい情景に、思わずグッときた。
見どころが多かったのは後半だ。報道陣に特に好評だったのが、今回限りで歌手活動を休業する氷川きよしさん。不死鳥を連想させる豪華セットの上で前髪をなびかせ、うっとりとした表情を浮かべ歌い切った姿に、記者の一人は「紅白の歴史に残るパフォーマンス」「トリでも良かった」と感嘆した。安全地帯、桑田佳祐さんらベテラン勢も「さすが」の一言だった。
特筆すべきは、初司会とは思えない橋本環奈さんの安定感だ。台本を頭に入れた進行のスムーズさに加え、時に脱線しがちな大泉洋さんやゲスト、歌手の会話をさえぎっても番組を進めて違和感のない振る舞いは、記者の間で「司会5年目ぐらいの慣れ」との声が漏れたほどだった。
ぼやけるターゲット
一方で、改善すべきだと感じた点も多い。その一つが、「そもそも出場歌手が全然分からない」という基本中の基本だ。SNS(交流サイト)などでは「正直、若い初出場のグループの区別がつかない」などの声が見られ、韓国系の出場組も「違いがわからない」の声が、ファン以外からは漏れていた。
また、前半に天童よしみさん、坂本冬美さんらベテラン勢を配置したにもかかわらず、ベテラン記者からは「特に前半が高齢の視聴者を切り捨ていた」との指摘もあった。早い時間に子供を意識した選曲はいつものことだが、幼児向けの曲も結果的に少なく、さまざまな世代に配慮した結果、「誰に聴いてほしいのか」「誰に楽しんでほしいのか」がぼやけた印象は否めなかった。
この点、裏番組のテレビ東京系「年忘れにっぽんの歌」は、北島三郎、五木ひろしら紅白の「卒業組」を含めた豪華布陣で、「聴かせる」ことに力点を置いている。パフォーマンスを含めた「ハレの日」を演出する紅白とは方向性が違うものの、高齢の視聴者を喜ばせ、「歌の力」をより満喫できるのは、こちらではないか。
「特別な番組」は健在
選曲については、昨今は誰もが知っているヒット曲が少ないという事情は理解できるものの、往年の名曲に頼りすぎているのは確かだろう。28年ぶり出場の篠原涼子さん、24年ぶりの工藤静香さん、37年ぶりの安全地帯。それぞれ歌唱は素晴らしかったが、「なぜ今?」という印象は正直否めない。
「演出が詰め込み過ぎ。息つく暇もなかった」「企画が多すぎて余韻が楽しめなかった」という声もあった。プロ野球・ヤクルトの村上宗隆選手や、女優の芦田愛菜さん、「鎌倉殿の13人」に出演した坂東彌十郎さんら幅広いゲスト審査員が出演したのに、目立ったのは長友佑都さんと司会の大泉さんによる「ブラボー!」ばかりで、もったいない…というのも実感だ。
とはいえ、紅白を「最後のステージ」に選んだ歌手が目立ったように、紅白が今も「特別な番組」であることには変わりない。1年後の紅白は「PIECE」のうちに迎えられるだろうか。それはともかく、今は不安だらけだった令和4年を華やかに締めくくってくれた出演者たちと制作陣の労を多としたい。(取材班)