《50年以上にわたる作詞家生活で数々の名曲を生み出してきた松本さん。手掛けた楽曲は2100を超える。松本さんに作詞術について語ってもらった》
これといったメソッド(手法)はないんです。こうすれば売れる、みたいなうまい方法があったら、誰もがやっているんじゃないでしょうか(笑)。
マーケティングで世の中のトレンドを探って、それにマッチするような詞を書く、という方法もあるけれど、後には残りません。聞くところによると、せいぜい3カ月ぐらいしかもたないそうです。優れたマーケティングでも1年後はどうなっているかわかりません。限界があると思います。だから僕は、そんなものには頼らず、いいものを書けばいいんだ、と思って詞を書いてきました。
詞を考える上で大事にしてきたのは、日常生活の中で「目の前にあるもの」です。日常から外れると説得力がなくなりますからね。
僕が感じている日常というのは、みなさんとそんなに変わらないと思います。たとえば、手紙を書くときは、まず時候のあいさつから入りますよね。「寒さが厳しくなってきました」とか、「年の瀬もいよいよ押し詰まり」とか。多くの人が同じ思いをしているから、まずはそういうところから入って、実は…と本題に入る。一見無駄なようですが、時候のあいさつというのは大事なんです。
それと同じで、詞もありふれたことから入れば、誰もがなじみやすいと思うんです。
《日常の中から何を切り取るか。多くの音楽関係者は「松本隆の言葉選びのセンスは天才的」と口をそろえる。特に「色使い」については、「春色」「秋色」「映画色」「瑠璃色」(いずれも松田聖子さんの楽曲)や「天然色」(大滝詠一さんの楽曲)など秀逸な言葉を効果的に使っていると評価が高い》
人の心というのは、詞の中でつらつらとつづっても、意外と心を打たないんですよ。でも、あたりの景色を出して、その中に人間を描いてあげると、心に響く。色は登場する人物の心を表しています。僕はそういうやりかたをしてきました。
それを誰から学んだかというと、奈良時代、平安時代の歌人たちです。和歌は、五七五七七のあんなに短い文字数で、見事に風景を描写した上で、人の心まで表しています。心境を直接言葉でつづらなくても、風景と心は重なっているので、見事に言い表せている。すごいと思います。だから僕も先人を見習い、無駄な言葉は極力そぎ落とし、風景に人の心をギュッと詰め込むようにしています。
《そうした言葉、あるいは曲やアルバムのタイトルなどが頭に浮かんだときの独特の「ルール」が、松本さんにはある》
いいフレーズを思いついても、あえてメモはとりませんでした。なぜかというと、翌日になって忘れてしまっていたら、それはインパクトが薄かったということで、そんな言葉を使っても売れません。だから忘れてしまってもいいんだと。逆に、覚えていたらインパクトがあるということですから、じゃあこれでいこうかな、となります。頭に焼き付いて消えない。そんなフレーズを使うと、やはりヒットしますね。
ただ、それは20代、30代の若かったころの話。今は何でもすぐ忘れてしまうので、メモは割とよくとっています。
ここまで、方法論的な話をしましたが、売れる、売れないは、時代と同期するかどうか、ということにもかかっています。同期するというのは、波長が合う、シンクロナイズするということ。僕の場合は1978(昭和53)年から80年代の10年間ほど、時代と同期して売れました。
そうして作った歌たちが時代を超えて今も注目を集めているのは光栄の極みです。いいものを書きたいと必死になって書いてきたことが報われたという思いもあります。(聞き手 古野英明)