論説委員 日曜に書く

川瀬弘至 不屈の人、吉田嗣延

産経ニュース
沖縄の本土復帰を記念して建立された「波照間之碑」=沖縄・波照間島(川瀬弘至撮影)
沖縄の本土復帰を記念して建立された「波照間之碑」=沖縄・波照間島(川瀬弘至撮影)

沖縄本島から南西に約460キロ離れた波照間(はてるま)島で本稿を書いている。面積約13平方キロ、人口約470人の、日本最南端の有人島である(無人島の最南端は沖ノ鳥島)。

島の南端に、沖縄の本土復帰を記念し、昭和47年5月15日に建立された「波照間之碑」がある。全国の青年が持ち寄った各都道府県の銘石がはめ込まれ、「この一つ一つの石がわが国の礎となり、沖縄の新たな出発となることを念じて」と刻まれている。

今年は沖縄の本土復帰50年をはじめ、日本の主権回復70年、日中国交正常化50年と、大きな節目が重なった。一方、国外ではロシアによるウクライナ侵略戦争が勃発し、国内では安倍晋三元首相が暗殺されるなど、教科書級の事件が相次いだ。

ここ波照間島でも8月、南西沖の排他的経済水域(EEZ)に中国軍が演習でミサイル5発を撃ち込む事件が起きている。

決死の沖縄密航

そんな今年も残り数日となったが、来る年も前途多難だ。「新たな出発」の前に、波照間之碑の建立に関わった、吉田嗣延(しえん)について書いてみたい。

不屈の人である。

明治43年に沖縄県首里市(現那覇市)で生まれ、東京帝大を卒業して県の役人となった英才だが、先の大戦で召集され、南洋のブーゲンビル島で終戦を迎えた。しかし、本土に引き揚げた吉田を待っていたのは、過酷な現実だった。

故郷の沖縄が米軍の直接統治下に置かれ、本土と切り離されていたのである。

米軍は本土と沖縄の往来を一切認めなかった。吉田は、見つかれば銃殺となるのも構わず小船で密航する。そこで目にしたのは、熾烈(しれつ)な地上戦で廃虚と化した故郷と、収容所生活に苦しむ同胞たちだ。

吉田は誓った。一日も早い沖縄の本土復帰と復興に、人生の全てをかけよう―と。

本土に戻った吉田は、政府宛てに沖縄問題の意見書を書いて上京する。以後、沖縄県東京事務所長となった吉田は政府にも連合国軍総司令部(GHQ)にも、本土復帰と県民の待遇改善を説いて回った。

だが、GHQは無情だった。昭和23年に県の出先機関を全て閉鎖してしまうのだ。吉田に与えられた新たなポストは外務省管理局沖縄班長。沖縄は、外務省の管轄になったのである。

信託統治を阻止

外務省時代の吉田が最も懸念したのは、沖縄がサイパンのような米国の信託統治領になることだった。事実、サンフランシスコ講和条約に向けた日米交渉で沖縄の地位は、米国が望めばいつでも信託統治領にできるとされていた。

信託統治領になれば、沖縄は日本から完全に分離される。吉田は焦燥し、仲間とともに本土復帰を求める署名活動を展開。23万人分を集めて首相官邸に送った。当時の沖縄の成人人口の、実に8割以上だ。

この署名の山を時の首相、吉田茂がみたのは、サンフランシスコ講和会議に向かう直前である。吉田茂は「分かった」と力強くうなずき、米英の全権代表から沖縄の潜在主権が日本にあるとの発言を引き出した。2人の吉田の不屈の努力が、沖縄を守ったといえるだろう。

なお、沖縄と本土は異なるとして「日本復帰」という言葉を使うメディアもあるが、沖縄はもともと日本だ。「本土復帰」が正しい用語である。サンフランシスコ講和会議で沖縄が切り捨てられたという革新勢力の主張も、むろん間違っている。

沖縄を守る決意

講和会議後、吉田嗣延は政府がつくった南方同胞援護会の事務局長に転じ、本土復帰の土台固めに奔走する。そして47年5月15日、沖縄の施政権は、ついに日本に返還された。

だが、東京と那覇市で同時開催された政府と県の記念式典会場に、吉田の姿はなかった。

吉田がいたのはここ、日本最南端の波照間島である。全国の青年たちとともに記念碑を建てていたのだ。そこに吉田の、二度と沖縄の島々を他国に渡さないという、固い決意を感じずにはいられない。

残念ながら今、吉田の功績を知る人はほとんどいない。復帰50年のニュースであふれた節目の年も、吉田を取り上げたメディアは皆無だった。

ならば書こう、と思っている。吉田だけでなく、わが先人たちの不屈の物語を。それが「日本の新たな出発となることを念じて」。(かわせ ひろゆき)

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