阪神の新入団選手にスポットをあてた連載「岡田監督の初心(うぶ)LOVE なにわ虎男子」。ドラフト6位・富田蓮投手(21)=三菱自動車岡崎=の第1回は父・広之さん(51)、母・早苗さん(48)を直撃。幼少期のエピソードなど左腕の素顔を聞いた。(取材・構成=須藤佳裕)
ドラフト会議当日、テレビで指名選手が次々と名前を呼ばれていくなか、富田家の緊張の糸は切れかかっていた。ついには「チャンネル、変えようか…」との声も。吉報が最終盤で届いたからこそ父・広之さんは大喜びした。
「いきなり電話とかLINEとかがワーッと鳴って。感極まって『やったー!!』ってなって。長男(至温さん)とも抱き合って、涙も流れて。本当によかった」
自身も野球、ソフトボールの経験者。3歳の富田におもちゃのトスマシンを与え、室内で打たせて遊ばせた。「日本人は投げることから教えるけれど、メジャーは振ることから教えると聞いて、遠くに飛ばすとか、そういう楽しさを教え込まなあかんと」。野球人生のスタートを後押しすると、富田は幼稚園年長の6歳で2つ上の至温さんの背中を追うように広幡クラブに入団。母・早苗さんは小学校低学年で待ち受けていた〝事件〟を教えてくれた。
「学校から『蓮くんが大変なことになっています』といわれて…」
あるとき富田少年は捕手希望を明かした。左投げ捕手はあまりにも珍しい存在であることから家族も手伝い、右投げへの転向に挑戦した。しかし、次の日に起こったのが全身のじんましん。先生から利き手変更を「やめてください」と言われ、断念せざるを得なかった。現在、箸は右手で、筆記は左手。左腕への〝逆戻り〟はプロ入りを左右した出来事だったかもしれない。
いまでこそ174センチ、77キロの体つきだが、高校時代は65キロのやせ形だった。部活から帰宅して食べる夕食は休憩も挟みながら約1時間かけないと食べられず、無理をすると吐き出してしまうほど、食事は苦手分野。早苗さんは夜食にラーメンを差し出してとにかく太らせようと試みたが、それも体質的にあまり効果がみられなかったという。
ただ、三菱自動車岡崎に入社してからは周囲の食事のスピードに合わせながら、富田も白米は茶碗4杯分を食べ、食後もプロテインを摂取と努力した。2カ月に一度の帰省で広之さんが「太ももとかお尻まわりが見るからに違う」と驚けば、早苗さんも「明らかに食べるスピードが違うし『おなかがすいた』と言うようになった」。3年間でたくましくなった息子の姿は誇らしい。
「(プロに)入ったからには長く5年、10年と長く活躍する選手になってほしいですし、拾ってもらったからには阪神に恩返ししないといけない」と広之さん。西純、及川ら高校時代から有名だった同学年がいるなかで、早苗さんは「劣等感だけは感じないように。最後はU23W杯で結果を出したわけだから、恥じることなくやってほしい」とエールをおくった。D6位からはい上がる姿を、これからもあたたかい目で見守り続ける。
■富田 蓮(とみだ・れん) 2001(平成13)年9月6日生まれ、21歳。岐阜・養老町出身。6歳から広幡クラブで野球を始め、養老町立東部中時代は大垣ボーイズでプレー。大垣商高では甲子園出場なし。20年に三菱自動車岡崎に入社。22年にU23W杯の日本代表に選出され、最優秀投手とベストナイン(先発部門)の2冠に輝くなどして世界一に貢献。最速147キロ。174センチ、77キロ。左投げ左打ち。背番号「50」