「飲酒運転は悪質な犯罪であると、肝に銘じてハンドルを握ってほしい」。平成11年11月、東名高速で飲酒運転のトラックに追突されて車が炎上、夫婦は3歳と1歳の姉妹を亡くした。事故は危険運転致死傷罪成立のきっかけとなり厳罰化が進んだが、適用のハードルは高い。事故から23年を経た今も、夫婦は悪質運転の根絶に向けて闘い続けている。
「かなこちゃん、ちかこちゃん。久しぶりにあなたたちに風船を飛ばせます。うれしいよ! ママ」
井上奏子(かなこ)ちゃん=当時(3)=と周子(ちかこ)ちゃん=同(1)=の命日を前に今年11月27日、千葉市で開かれた2人をしのぶ会。事故翌年から命日近くに開いているが、新型コロナウイルス禍で2年間リモートに。父の保孝さん(72)と母の郁美さん(54)が招いた保育園の関係者や他の事件、事故の遺族ら約50人で、メッセージを付けた風船を天に飛ばした。
生きていれば、奏子ちゃんは26歳、周子ちゃんは24歳。平成27年の命日以降、受け取った賠償金の一部を2人からの「給料」として事故遺族の支援団体などに寄付している。
事故は11年11月28日、箱根での温泉旅行から千葉市の自宅への帰り道の東名高速上で起きた。飲酒運転で蛇行を続けていたトラックが、郁美さんが運転していた車に追突。車は炎上し、後部座席に座っていた奏子ちゃんと周子ちゃんが亡くなり、保孝さんは全身に大やけどを負った。「あちゅい」と泣く奏子ちゃんの声が、今も頭を離れない。
業務上過失致死傷罪などで起訴された当時55歳の運転手の男に対する判決は懲役4年。失われた幼い2人の命の重さと比べ、納得できる結果ではなかった。「飲酒運転は過失ではない」。夫妻は国会に働きかけ、「危険運転致死傷罪」が2度目の命日の13年11月28日に成立した。
飲酒運転の厳罰化や世論の高まりもあり、11年に1257件だった飲酒運転による死亡事故は、令和3年には152件と大幅に減少。それでもゼロには遠く、郁美さんは「飲酒事故は減少し効果は感じるが、本当に悪質な運転はなくなっていない」と批判する。
3年6月、千葉県八街(やちまた)市で小学生5人が飲酒運転のトラックにはねられ死傷した事故では、職業運転手の常習的な飲酒運転という点が東名事故と酷似し、「無力感を感じた」。事故現場で「飲酒運転を無くします。力を貸してください」などと書き添えた花を手向け、裁判も傍聴した。
悪質な運転で家族を亡くした遺族とも連帯する。大分市で3年2月、時速194キロで一般道を運転し、会社員の男性=同(50)=の車と衝突した死亡事故では当時19歳の男が過失運転致死罪で起訴された。危険運転致死罪への訴因変更を求め、男性の遺族とともに署名を集め、大分地検に約3万筆を提出。地検と大分県警は11月16日、現場で事故を再現。12月1日、大分地検は、危険運転致死罪に変更するよう大分地裁に請求した。
郁美さんは「今も多くの遺族が悪質な運転で家族を失い、苦しんでいる。『この活動を引退します』とはいえない」と語る。飲酒運転など危険な運転の撲滅への誓いを新たにした。
危険運転致死傷罪見直し求める声も
平成13年に成立した危険運転致死傷罪。飲酒運転や信号無視など悪質な運転による事故に対し厳罰化が進んだが、「危険」の認定の難しさから適用へのハードルは高く、事故遺族らからは「積極的に適用してほしい」と見直しを求める声も上がる。
成立前、飲酒運転で人を死亡させた場合、一般的には業務上過失致死罪と道交法違反罪に問われ、最高刑は懲役7年6月だった。飲酒運転などの悪質な運転も「過失」として裁かれる違和感が世論に広まったこともあり、13年11月に危険運転致死傷罪が成立、12月に施行された。
26年に自動車運転処罰法が施行されると同法に組み込まれ、現在の最高刑は懲役20年。法務省のまとめによると、令和2年末までに5985件起訴された。そのうち、飲酒運転に関連するのは3405件だった。
刑事法に詳しい東京都立大の星周一郎教授は「適用のハードルが高い危険運転致死傷罪か、過失運転致死傷罪の2択しかなく、危険運転罪が適用されないと被害者は大きな違和感を覚えるのではないか」と分析する。構成要件には「正常な運転が困難」や「信号をことさらに無視」などの「評価を含み、適用にはブレが生じている」と指摘。「2つの罪の中間に人命を顧みない運転での致死傷を罰する『無謀運転致死傷罪』のようなものがあってもいいのでは」と話す。(橘川玲奈)