虎のソナタ

「ドーハの悲劇」1週間前に「虎の悲劇」 退団・岡田の最終戦にファン泣いた

サンスポ
シーズン最終戦を終え、ファンに別れを告げる岡田(16番)。〝虎の悲劇〟と呼ばれている⁉=1993年10月21日
シーズン最終戦を終え、ファンに別れを告げる岡田(16番)。〝虎の悲劇〟と呼ばれている⁉=1993年10月21日

早朝。テレビのリモコンスイッチをオンに。

「気温27度。晴れ。湿度は45%。とても過ごしやすい一日です」

女性気象予報士の声が聞こえてきた。エッ、11月の日本で、どこが27度なんや?

「以上、カタールの首都、ドーハのお天気でした」

ズッコケた。ドーハの天気まで予報するとは。サッカー日本代表が大一番に臨む運命の日とはいえ、決戦地の天気が必要な人が、日本国内に果たしてどれだけ存在したのだろうか。

まあ、現地のお天気を知ることで、朝から一緒に戦う気持ちになれた人もいたかもしれない。とにかく、朝早くから、夜遅くまで、ニッポンに燃えた日だった。

ドーハといえば、やっぱり「ドーハの悲劇」を思い出してしまう世代。1993年10月28日。ワールドカップ初出場を目指した日本。イラクとのアジア最終予選の最終戦に勝てば、夢実現。ところが、終了寸前に悪夢の同点ゴールを決められて-。

大阪・難波の編集局内で、あの日、社内で何をしていた? と記憶を辿ってもらったが、「高校3年です」(整理部デスク・芝崎正剛)「小学生でした」(運動部デスク・阿部祐亮)「生まれていません」(アマ野球担当・北池良輔)。う~ん、29年は昔過ぎるのか。

すでにサンスポに入社していた稀有の存在がサッカー面デスク・牧慈。「確か、ドーハに派遣されていた先輩記者が、泣いていたような…」。真相は別にして、日本中が泣いた日だった。

「ドーハの悲劇」の1週間前。10月21日は、すべてのタイガースファンが泣いた「虎の悲劇」。現監督・岡田彰布がタテジマ退団を決意し、その最終戦が甲子園球場で行われた。

岡田はどうして阪神を去っていくんや! なぜチームメートは誰も岡田を胴上げをしてあげないんや!

甲子園のファンが怒りに震えた。熱心な虎党なら忘れることはない。サンスポ1面見出しは「さらば岡田」-。悲しかった。29年経って、再び監督として戻ってこられたので、今なら〝あの日〟も笑って振り返れる。

ちなみに、助っ人オマリーが第2打席で突如、セーフティーバントを敢行。相手広島の意表を突くに十分な奇策で内野安打になり、首位打者をほぼ確定すると、さっさと交代してしまった、あの試合でもある。

こちらは、どれだけの阪神ファンが覚えているだろうか。

多分、この方なら覚えておられるに違いない。関大社会安全学部・亀井克之教授。先日もサンスポ紙面で岡田監督へのエール連載「アレ、頼んまっせ」に登場していただいた。タイガースへの博識ぶりは驚異的だった。

この日は本紙専属評論家の黒田正宏氏を招いた講演会「プロ野球に学ぶリスクマネジメント 人生の岐路となった1982年の思い出と捕手・参謀人生」を開催。阪神ヘッドコーチも務めた黒田氏が、西武で日本一になった思い出を語り、満場の拍手を浴びた。

同教授が「最高のマネジメントの持ち主」と認定する岡田監督は、ファンの支持を受け続け、「悲劇」からよみがえり、虎の王道を歩んできた。念ずれば、花開く-。さあ、サムライブルーも応援し続けよう。

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