延喜12(912)年に開基され、近江湖南二十七名刹霊場の一つとして知られる滋賀県草津市の西方寺は本堂や境内に置かれた3台のピアノを地域住民らに開放している。「ストリートピアノ」ならぬ〝寺ピアノ〟には葬儀や法事などで、どことなく暗いイメージのあるお寺を「憩いの場所にしたい」との思いが込められており、お経とともに、心地よい音色を響かせている。
県外からも来訪
ターミナル駅やショッピングモールなどで見かけることが増えた「ストリートピアノ」。ピアノを取り囲むように人垣ができ、演奏に合わせてリズムをとったり、手拍子をしたりして通行人らを楽しませている。
「純粋にかっこいいし、寺にあったら、いろいろな人に来てもらえるかなと思った」と話すのは、同寺の副住職、牧哲玄さん(42)。自身も幼少期からピアノを習い、学生時代にはバンドを組んでギターやドラムを演奏するなど音楽に親しんできたという。「自由に弾くことができるピアノを置くことで、寺が地域の人に集まってもらえるような場所になれば」と令和元年の夏頃、本堂に昔からあったピアノを開放した。
だが、地元住民に親しまれ始めたのもつかの間、新型コロナウイルスの感染が拡大すると、本堂内のピアノは使いづらくなった。そこで昨年初め、寄付を受けた別のピアノを本堂の外に置くことにした。屋外のためあえて調律はせず、ピアノの味を楽しめるようにした。口コミで評判が広がると、わざわざ県外から演奏に訪れる人も出てきた。
広がる地域の輪
「どこから弾く?」「せーのっ」。楽譜に目をやりながら曲を弾き終えるたびに笑顔を見せ合う。近くに住む小学6年の坪葉月さん(12)と斎藤美結さん(11)の仲良しコンビは寺ピアノの常連だ。「最初は恥ずかしかったけどもう慣れた。家で1人で弾くより2人で弾いた方が楽しいから」と口をそろえる。
昨年3月には境内に専用の小屋を建て、さらにグランドピアノを置いた。地元の大学生がデザインしたピンク色の波紋柄に塗られており、ひときわ目を引く。波紋には地域の輪が広がっていく様子が表現されているという。
いまでは子供も大人も、アニメソングからクラシックまで、さまざまなジャンルを3台のピアノで思い思いに演奏を楽しんでいる。
牧さんは「音楽は聴く人もいれば弾く人もいるし、みんなが楽しむことができる。音楽を通じたコミュニティー、地域の輪が広がれば、柔らかい心が芽生えると思う」と話している。(入沢亮輔)