大阪市生野区で昨年12月、自宅に押し入った男らに住人の高齢男性が撲殺される事件があった。犯人は逮捕されて公判が進むが、現場となったビルは「事故物件」として残されることになった。室内には血がべっとりとこびりつき、犯人が侵入した窓ガラスの穴がまだ残るこの物件を今秋、大阪市内の業者が購入した。業者は再生に自信を見せるが、事故物件への抵抗感を拭い去るのは容易ではない。惨劇の現場は再生できるのか。
生々しく残る事件の痕跡
家主を失ったその空間には、奪われた日常と惨劇の痕跡が同居していた。居間にはテレビや座椅子が残され、台所には調味料や食器が並ぶが、寝室の畳や毛布には血痕とみられる黒い染みが広がる。床や壁には警察の鑑識活動によるものとみられる赤い印がところどころにつけられていた。
ここが強盗殺人事件の舞台となったのは昨年12月1日未明のことだった。起訴状などによると、午前4時ごろ、2人の男が裏手に建つ住宅から2階の窓づたいにビルへ侵入した。2人は室内を物色し、寝室で鉢合わせになったビルのオーナーで住人の80代男性を手にしたハンマーで殴って殺害。現金約10万円と指輪(約23万円相当)を奪って逃走したとされる。
1月にこの2人と見張り役の女らが逮捕され、このうち実行犯の会社役員の男(45)が強盗殺人罪、ほかの2人は窃盗罪や窃盗幇助(ほうじょ)罪などでそれぞれ起訴された。
「事件の凶悪性」という高い壁
ビルは昭和55年に建てられた鉄骨3階建てで、1階が店舗、残りがオーナー家族の住居スペースになっていた。侵入経路となった裏手の住宅もオーナーの親族の名義で、遺族は事件後、2棟を手放すことを決めた。
しかし、強盗殺人は日本の刑法で最も量刑が重い部類の事件だ。「事故物件専門」をうたう不動産業者など数社に相談したが、事件の凶悪性からか、見積もりの作成すらしてもらえなかったという。
そんな中、物件を引き受けたのが事件現場の特殊清掃から取引までを手がける事故物件のプロフェッショナル、「関西クリーンサービス」(大阪市)だ。依頼が舞い込んだのは、今年の初夏のことだった。
同社の亀澤範行社長(42)にとっても、強盗殺人事件の現場を扱うのは初めてだったが、若者や観光客でにぎわうコリアタウンに近く、大阪府内の主要な観光地へのアクセスもいい立地に着目。民泊への活用も視野に、「ハードルは高いが資産価値は上がるはず」と購入に踏み切った。
事件は大きな注目を集め、インターネット上には当時のニュース記事やビルの画像が今も残る。建て替えも検討したが、解体に多額の費用が見込まれることから、リフォームで外装を一新することに決めた。
1階の店舗部分はテナントを募り、居住スペースも民泊での活用を模索。侵入経路となった裏手の住宅は借家とし、リフォームして価格を安く設定して借り手を探す。費用は計2千万円あまりを見込んでおり、亀澤社長は「事件さえなければ需要が見込める不動産であることに間違いはない。長期的にみれば投資は回収できるだろう」と自信をみせる。
「価値が下がれば二重の苦しみ」
殺人などの凶悪事件に限らず、自殺や孤独死の現場も事故物件に当てはまる。高齢化が進み、孤独死が社会問題となる中、今後事故物件も増加していくことが懸念されている。
国土交通省が昨年10月に策定した契約時の事故物件に関する告知についてのガイドラインでは、病死や事故死は原則告知が不要となり、殺人事件が起きた物件などでも、おおむね3年が過ぎれば告知する必要はなくなるとされた。
しかし、ガイドラインの運用は不動産業者に委ねられており、トラブルを避けるため3年が過ぎても告知を続けるケースが多いという。不動産価値の評価が安定せず、物件を担保にしてローンを組むことが難しいなど、購入や活用には多くのハードルが残る。
ガイドラインの策定にも関わった明海大不動産学部の中城康彦教授は「事件で不動産の価値が大きく損なわれれば、遺族にとっては二重の苦しみとなる」と指摘。「これまで関心が向けられてこなかった問題だ。社会全体で考えていくことが重要だ」と話した。(花輪理徳)