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葛城奈海 アントニオ猪木さんの訃報に接して

産経ニュース
葛城奈海氏
葛城奈海氏

1日、元プロレスラーで政治家でもあったアントニオ猪木さんの訃報が流れた。リングでも政治でも強烈な個性を発揮したが、その事績の中で特に印象深いのは湾岸戦争の危機に際して人質解放に尽力したことだ。

平成2年、湾岸戦争を目前にしたイラクで、当時のフセイン大統領はクウェートにいた外国人をイラクに強制連行し、「人間の盾」として軍事施設に監禁した。各国は独自の外交で人質を解放していったが、日本政府は昭和52年のダッカ日航機ハイジャック事件で当時の福田赳夫首相が「人の生命は地球より重い」として身代金および収監メンバーの釈放要求に応じたことが世界中の非難を浴び、打つ手がなくなっていた。

そのような状況下で、人質の家族でつくる「あやめ会」が救出に尽力。これに応えたのが、アントニオ猪木参議院議員だった。アメリカの方針に追随する外務省や政府の反対と圧力を押しのけてイラク入りし、プロレスやコンサートなどの「平和の祭典」を開催。バグダッドの日本人会副会長で伊藤忠の野崎和夫氏の協力を得て、粘り強く交渉。野崎氏は通っていたスポーツクラブを通じてフセイン大統領の長男、ウダイ氏と面識があり、その人脈を生かして、ついに人質全員の解放に至る。

当時の状況を取材した門田隆将氏の『日本、遥かなり』(PHP研究所)によると、「全員解放」になったところで、それまで無策だった日本政府が急に「特別機」を出すことを決定したが、人質でも家族でもない猪木議員は「乗せない」と通告。これに憤った「あやめ会」の夫人たちも「乗らない」と宣言し、人質たちも「乗るのはやめる」と声を上げ始めたところ、外務省は慌てて「猪木さんにも乗っていただきます」と方針転換したという。開いた口がふさがらない。

10月5日は、拉致被害者・横田めぐみさんの58歳の誕生日だった。めぐみさんの拉致はダッカ事件の1カ月半後。ダッカ事件で日本政府が毅然(きぜん)とした態度をとっていたら、めぐみさんをはじめ何人もの拉致被害を防げた可能性は否定できない。

日本政府、外務省には、猪木氏の爪のあかを煎じて飲んでいただきたいものである。

【プロフィル】葛城奈海

かつらぎ・なみ 防人と歩む会会長、皇統を守る国民連合の会会長、ジャーナリスト、俳優。昭和45年、東京都出身。東京大農学部卒。自然環境問題・安全保障問題に取り組む。予備役ブルーリボンの会幹事長。近著に『戦うことは「悪」ですか』(扶桑社)。

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