緑のテーブルを囲み、マスクを着けた黒服の紳士たちが大仰な動きを交えながら会議を繰り広げている。2台のピアノが奏でる音楽はどこか軽快だ。
ドイツの振付家、クルト・ヨース(1901~79年)が第一次大戦後の1932年に発表した反戦をテーマにしたバレエ作品「緑のテーブル」の冒頭の場面だ。
テーブルを囲む10人の紳士たちは外交官や軍需関連企業の経営者など戦争で利益を得ている人物たちで、戦争を始めた人間たちを表している。彼らは戦争が起きても決して傷つくことはない。戦争を始めた人間に対する痛烈な批判と皮肉が、この場面に込められている。
本作が作られたのはヒトラー率いるナチスが台頭していた時期で、ヨースは音楽を担当したユダヤ人らを擁護したとしてドイツを追われる。本作は、そんな時代が反映されている。
日本では唯一、同作をレパートリーとして有する公益財団法人「スターダンサーズ・バレエ団」(小山久美総監督)が今秋、横浜で上演した。今年3月下旬にも東京で上演されたが、その直前にロシアによるウクライナ侵攻が始まった。この作品に流れる普遍的なテーマがより身近に感じられることになった。
作品は冒頭の会議の場面に続き、「死の踊り~別れ~」「戦闘」「避難民」「パルチザン」「売春宿」など8つの場面からなる。最後はまた何事もなかったように黒服の紳士たちが会議を行う場面で終わる。彼らは性懲りもなく、また戦争を起こそうとしているのかもしれない。
登場するのは「旗手」「若い兵士」「若い娘」「女」「老兵士」「戦争利得者」など分かりやすい配役だが、いちばん印象的な登場人物は擬人化された「死」だ。戦争中はさまざまな場面で「死」が常にわれわれの身近なところに存在していることが、舞台上で可視化されている。
夫を戦地に送り出した後、パルチザンとなり処刑された女。婚約者が戦地に赴き、故郷は戦火で焼け、希望に満ちていた未来を無残に打ち砕かれた若い娘は売春婦に身を落とす。
そして兵士たちは戦場で傷つき、苦悶(くもん)の中で死んでいく。戦争に苦しめられるのは、いつも罪のない市民たちであることを、バレエという身体表現を使い実に雄弁に語っている。
せりふは一切ないのに、まるでノンバーバル(非言語)な演劇を見ているように鮮やかに何を表現しているかが分かる。ヨースの反戦メッセージが手に取るように伝わってきた。
しかし「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」といった華やかなバレエ作品と違い、重いテーマで舞台全体も暗いせいか、上演される機会が少ないのが残念だ。中・高校生といった若い人たちにこそ、ぜひ見てほしい作品だ。
9月3日、横浜市中区の神奈川県民ホール。(水沼啓子)