朝晴れエッセー

溝を跳ぶ・9月14日

産経ニュース

散歩の畦(あぜ)の一筋を違えて、橋のない溝に出くわしてしまった。満開の彼岸花の、どこまでも続く田んぼ道である。100メートルばかり戻れば、いつもの小橋へ続く道に行けるのだが。

「跳べないか?」。心の声がささやく。幅はほんの50センチくらいか。両岸は崩れているので、もう少し跳ばなくてはならない。深さは命に危険が及ぶほどではないが、落ちたら困る。

昨年9月、わたし75歳。脚力には自信があるが、跳躍経験は記憶のかなた。さて、どうしよう。むくむく湧き出した「跳ぶ」思いが頭を占めてしまった。

まず、リュックを向こう側にほうる。はいているのはパンツ。大丈夫。以前、バスから縁石にかっこ良く飛び降りた…はずがヘタリと崩れ落ちたことがあったっけ。長めのスカートは広がるものだったが、裏地がいけない。安物にはこんな落とし穴があるのだ。

畦道はデコボコで助走ができないし、助走したらそれだけでへたばる。溝の縁にできるだけギリギリに立ち、行くぞ。跳んだ。降りた。片膝をついた。思ったより強い衝撃。でも立ち上がった。無事だった。滞空時間の長かったこと。こんなことが平気だったころから現在までが流れ去った気がした。何だかがっかりしてしまった。祭りのあとのような、花火のあとのような。

今年も、あの真っ赤な帯のように彼岸花が咲く季節が来た。

溝に出合っても、もう跳ぼうとは思わないだろう。憑(つ)き物は落ちてしまった。


高橋純子(76) 神奈川県藤沢市

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