「長らく温めてきた題材を作品として発表できたことに満足していました。そのうえ候補にしていただけたので、本当にうれしかったです」
第167回直木賞で候補作となった『女人入眼(にょにんじゅげん)』。惜しくも選には漏れたが、「健闘したなと思っています。小説の執筆は孤独な作業ですが、候補になって多くの応援の声をいただき、こんなにも味方がいてくれたんだとうれしく思いました。書き続ける勇気をいただきました」と収穫は多い。
舞台は鎌倉時代。京の実力者・丹後局に仕える女房・周子(ちかこ)は源頼朝と北条政子の娘、大姫を入内(じゅだい)させるべく鎌倉に入る。大姫は気鬱の病にかかっており入内は難航するが、政子は強行しようとし、周子は翻弄される。朝廷と武家の思惑、大姫と政子の確執など女たちのせめぎ合いを描く。
「女人入眼」は、僧・慈円の「愚管抄」にある言葉。今作では、慈円が政子に「男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人」と語っている。
幼少期から物語を書くのが好きで、とくに歴史物語に心ひかれ、鎌倉時代については「女性が強く主体的に動いていたことに魅力を感じていた」という。
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高校1年のとき、源義経の妻、郷(さと)御前を描いた短編を、大学時代にも鎌倉ものを執筆。デビュー作は江戸時代が舞台だったが、その後も出版社に鎌倉ものを提案し続け、NHK大河ドラマに「鎌倉殿の13人」が決まると「大河が来るから!」と出版を取り付けた。
歴史小説を書くうえで、「過去の出来事から今に共通するテーマが見えてこないか」を意識。今作では朝廷と鎌倉の「旧勢力VS新勢力」に老舗企業と急成長ベンチャーの取材で感じたことなどを参考にし、毒母・政子の下で気鬱の病を抱えて追い詰められていく大姫に現代にも共通するものを感じたという。
自身、就職氷河期のなかで入った新聞社を辞め、フリーでビジネス誌や健康雑誌などに執筆していたが、リーマンショックで仕事が激減した経験もある。
「強い人が勝ち進んでいくロマンより、挫折したり痛みを抱えたりした人たちにどういう視線を向けるのかということを考える物語でありたい」
また歴史小説について「歴史上の出来事に思いをはせることで、今の現実を客観的に考えるきっかけになるかもしれない」と話す。
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デビューから12年、「以前は、読みやすさが大事だと思っていましたが、読者は歯応えを求めているとわかってきた。情報量や書き方なども読者を信頼して書けるようになりました」。
そして小学校の卒業文集で「将来の夢」に挙げた作家の仕事をこう語った。
「読む人の世界の見え方が変わるような、小さなきっかけでも提供できたらうれしい。私もたくさんの物語を通して新しい見方を手に入れ、前進できた。誰かにとって私の作品がそうあってほしいと思いながら書いています」
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ながい・さやこ 昭和52年、横浜市出身。慶応大文学部卒。産経新聞記者を経てフリーライターとして雑誌などで活躍。平成22年、「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。令和2年の「商う狼 江戸商人 杉本茂十郎」で新田次郎文学賞など受賞。他の著書に「横濱王」「大奥づとめ」などがある。