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ナショナル・トラストの先駆け 和歌山・天神崎守った玉井済夫さん

産経ニュース
上方の光景が水面に映り込む天神崎の夕景=和歌山県田辺市(張英壽撮影)
上方の光景が水面に映り込む天神崎の夕景=和歌山県田辺市(張英壽撮影)

和歌山県田辺市の田辺湾に「天神崎」と呼ばれる岬がある。この土地を募金で買って後世に残す運動を続ける「天神崎の自然を大切にする会」相談役の玉井済夫さん(83)は、会に関わって48年。「ナショナル・トラスト」と呼ばれる運動の先駆けだが、最近は会員が減少、運営資金が不足している。玉井さんはここ数年、引き潮の光景がSNS(交流サイト)映(ば)えするとして人気を集めていることに着目。「これを契機に会員を増やしたい」と希望をつなぐ。

土地買い取り自然守る

会が結成されたのは、県立田辺高校の生物教諭だった昭和49年だ。1月、中心メンバーとなる人物で県立田辺商業高校で教壇に立っていた外山(とやま)八郎さん(1913~96年)から、天神崎にある約4ヘクタールの森林を五十数戸の高級別荘地とする衝撃的な計画があることを聞いた。業者からは、すでに県に許可申請が出されていた。

天神崎の磯に立つ玉井済夫さん=和歌山県田辺市(南雲都撮影)
天神崎の磯に立つ玉井済夫さん=和歌山県田辺市(南雲都撮影)

「生物への影響はないか」と外山さんに聞かれると、「造成によって木が切られると、土砂が海に流れる。磯は泥だらけになり、森の自然もなくなってしまう」と思いを伝えた。

翌2月、外山さんら数十人と会を旗揚げし、造成に反対する署名集めに奔走。1カ月で1万6千人の署名が集まり、これを持って県と田辺市に陳情した。

しかし当時、予定地は県立自然公園だったものの、景観維持の必要性が比較的低い地域だったことから、行政側は「何もできない」などと突っぱねたという。

「会としてはとても困った。外山さんは県職員から『森をみんなで買い取るのも一つの方法』という話を聞き、提案したところ、反対派と賛成派で二分して大変なことになった」

結局、玉井さんや外山さんら賛成派は53年に別団体を結成。買い取りのための募金活動に取り組んだ。

募金はなかなか集まらず、玉井さんや外山さんらが補塡(ほてん)。その後、協力的になった県と市、自然保護団体の支援もあり、60年まで3回にわたって別荘予定地の所有者から土地を買い、約4ヘクタールをすべて購入。天神崎の自然を守り抜いた。61年には分裂した会が財団法人化して統一した。

購入総額は一部の所有者との取り決めで公開できないが、莫大(ばくだい)だ。

会は別荘予定地だけでなく計18ヘクタールの土地取得を目指し、市の取得分などを含めて昨年までにほぼ半分の約8・9ヘクタールを取得した。

天神崎は暖流の黒潮の影響を受け、潮が引いた磯では2時間で約200種の生物が観察され、周辺の植物は約250種に上る。「豊かな生物相は後背地の森が支えている。この森を残していかないといけない」と力説する。

結成48年、会員や募金減少

天神崎(和歌山県田辺市)の別荘予定地約4ヘクタールを募金などで買い取ることができたが、その原動力となったのは、世の中の運動に対する高い関心だった。

昭和57年にテレビや新聞で活動が取り上げられたほか、土地を買い取って次世代につなぐ英国発祥の運動「ナショナル・トラスト」の先駆けとして国も注目し、環境庁(当時)の研究会が視察した。

ナショナル・トラスト運動の先駆けとして注目を集めた活動を振り返る玉井済夫さん(南雲都撮影)

運動が広く知られるにつれ、全国から多くの募金が集まるようになった。56年度の約171万円から57年度には一挙に約3950万円に跳ね上がり、59年度には1億円の大台を超えた。

また現在の「日本ナショナル・トラスト協会」前身で、動き始めた運動の連絡組織となる「ナショナル・トラストを進める全国の会」が58年に結成され、この年の10月には田辺市で、情報交換や解決策模索のための第1回全国大会を開催した。

ナショナル・トラストは国内ではまだ例が少なかった。「天神崎の活動はこの運動に光をあてる契機となった」という。

ただ当初は募金活動に必死で、この運動がどう位置づけられるかということは関心外だった。当時をこう振り返る。

「初めのころは『市民地主運動』と言って運動していました。『ナショナル・トラスト』という言葉は知らず、後で学者から聞いたんです」

会は62年には「ナショナル・トラスト法人」と呼ばれる自然環境保全法人の認可を受けたが、全国の注目を集めた運動は、次第に以前ほどの関心を持たれなくなる。運動に尽力した外山八郎さんは平成8年に永眠し、会は22年に公益財団法人に変わった。

時代の変化とともに募金は減り、平成の中頃には年間1千万円を下回るようになり、近年はほぼ500万円を切っている。さらに全国各地の人で構成する会員数は平成3年の2046人をピークに減り続け、今年は660人にまで減少した。

天神崎で開かれた自然観察教室で説明する玉井済夫さん(右)=和歌山県田辺市(本人提供)

日常の運営資金は会員の支払う会費が支えており、苦しい状況が続いている。資金を節約するために、田辺市内にある事務局は今年6月から水曜を休業日にした。

「かつてはナショナル・トラスト運動の先駆けとして注目されたが、現在は全国に50以上の運動がある。身近な地域の運動に関心が向かっているのでしょう」

会が結成されて48年。土地の取得は昨年、目標のほぼ半分に達したが、先はまだ見えない。運動を始めた昭和50年代、土地が高いことがネックになったが、現在はバブル崩壊後から続く地価の下落が進捗(しんちょく)を妨げているという。

「昭和の終わりごろ、天神崎の森は1平方メートルあたり1万~1万5千円だったが、今は千円前後。土地所有者はこの安い価格では売りたがらない」と打ち明ける。

会は今後どうするのか。曲がり角に差し掛かっているともいえる。

絶景「和歌山のウユニ塩湖」

天神崎(和歌山県田辺市)の磯はここ数年、SNS(交流サイト)のインスタグラムで写真映えするスポットとして注目を集めている。いわゆる「インスタ映(ば)え」。人気の理由は、「天空の鏡」と呼ばれる南米ボリビアの「ウユニ塩湖」のように、上方の光景が水面に映り込むこと。特に夕焼けが美しく、SNSを使いこなす若者に受けている。

昨年から大々的なPRに乗り出している田辺観光協会のホームページ(HP)では、「和歌山のウユニ塩湖⁉ 天神崎の絶景」と記し、上下対称になった写真をふんだんに掲載。魅力を伝えている。

潮位が引き潮で150~140センチ程度になると、岩礁にたまった水が反射して美しい景色になる。HPでは潮の変化を考慮して、おすすめの夕焼けが見られる年間21日の時刻をカレンダーにして紹介している。

小型無人機・ドローンで撮影された天神崎全景。岩礁と森で形成されている(天神崎の自然を大切にする会提供)

「会として目指しているところではないけど、評価されることは歓迎している。『ウユニ塩湖』というのも初めて知ったが、夕方には大勢の人がやってきて写真を撮っていく。会の運動を知ってもらう機会にもなる」と期待を寄せる。

運営資金となる会費を支払ってくれる会員が年々減少する中、このインスタ人気を活用して「なんとか会員増加につなげたい」という。

会としてもPR策について協議を始めており、天神崎にカメラを据え付け、インターネットで生中継するアイデアが出ている。実現すれば、幻想的な夕焼けの光景が全国にリアルタイムで伝えられ、会員だけでなく、募金の増加につながる可能性がある。

磯付近は駐車スペースはあるものの、腰かけられる椅子などは設置されていない。環境省は休憩などに利用できるあずまやを建設する計画を立てており、これにも期待している。

会員数や募金額はかつてに比べて減っているものの、会は48年にわたり続いてきた。「もうダメと思うこともあった。よくここまでやってこられた」と語る。ただ、気がかりなことがある。

美しい自然が残る天神崎にごみを捨てる心ない行為が横行していることだ。昭和の終わり頃、冷蔵庫やベッド、テレビなど大型のものが捨てられていたが、「今でも電子レンジや小型テレビ、古タイヤなどが放置されている。何年か前には、見えにくいところに、塗料の一斗缶が積み上げられていたこともあった」と嘆く。

年4回実施している会の清掃で、こうしたごみを回収している。

「天神崎の光景はそう珍しいものではない。日本のどこにでもあった自然だ。だが、そうしたものが日本では、少なくなってきている。だからこそ残していかなければならない」

今年5月に業務執行理事から相談役になったが、足しげく天神崎に通う。80歳を超えた今も、まだまだ運動には携わりたいと思っている。(聞き手 和歌山支局 張英壽)

たまい・すみお 昭和13年11月12日、和歌山県新宮市生まれ。小学校3年で旧南部町(現みなべ町)から田辺市に転居。東京教育大大学院修士課程(動物学専攻)を修了し、47年に県立田辺高校教諭に。平成10年、県立熊野高校校長を最後に退職。長く「天神崎の自然を大切にする会」の理事を務め、14年から専務理事、22年から業務執行理事となり、今年5月から相談役。

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