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女優・泉ピン子<18> 勝手な見出し、虚実ないまぜ熱愛報道

産経ニュース
せりふから所作に至るまで、先輩女優からさまざまなことを教わった
せりふから所作に至るまで、先輩女優からさまざまなことを教わった

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《昭和61年もテレビに出ない日はないほど、売れっ子女優、タレントとして活躍。「大人になるまでガマンする」(TBS)では夫にほれ込む主婦を、NHK大河ドラマ「いのち」では戦後をたくましく生き抜くヒロインの親友を、「ただ一度の人生」(TBS)ではタクシー運転手を演じた。さらに「歌のワイド90分!」(日本テレビ)では、初めて生放送歌番組の司会にも挑戦した》


大河ドラマの撮影の合間に、歌番組の生放送に出ていました。生放送は午後8時からだから、最低でも30分前にはスタジオに入っていなくてはならないので、私のシーンの撮影が途中だったとしても、現場を切り上げて7時には出る支度をしていました。NHKがどう思おうが知ったこっちゃない、と思い切るほど、忙しかったのです。


《そんな過密スケジュールのなか、特別ドラマ「湯けむり行進曲・ぼたんとリボン」(日本テレビ)の収録中に、全治1カ月半の大けがをする》


私は温泉芸者役で、共演の左とん平さんの自殺をとめるために、おどけて跳び上がるシーンでした。どうせならカツラも飛ばしてしまおうと、思い切り跳び上がったところ、転びそうになり、手をついたら〝ポキッ〟と音がして…。右肩骨折です。笑えないのは、その日は久光製薬のサロンパスのCM収録があったこと。そちらも飛びました。


《このころから、熱愛報道がちらほらスポーツ紙や週刊誌の1面を飾ることになる。最初のネタは作曲家の三枝成彰(しげあき)(当時は成章)さんとの交際だった》


当時のスポーツ紙によると「ひと目会ったその日から ピン子熱愛!」「ほのぼのプレゼント交換も」と書いてありますね。確かに、私があげた海外ロケのお土産のお返しに、イヤリングをプレゼントしてもらいました。でも、交際はしていません。こんな報道をされていたのも知らなかったです。私はすごく忙しかったので、デートする時間もありませんでした。大体、そのときの三枝さんは別の方と付き合っていましたよ。


《次に噂になったのは、東京・赤坂と六本木で能登料理の店を経営する、石川県の老舗旅館の御曹司だった》


当時のスポーツ紙は、「相手は和倉温泉『加賀屋』40歳の御曹司」「もし結婚したら、老舗旅館か郷土料理店のおかみさんにおさまるかも」と書いていますね。ちょっと、笑ってしまいます。あの方は友達です。そのときも、その後も、何もありません。


《記事には「実家を訪ね、母親も紹介してもらったそう」と書いてある》


確かに石川県まで旅行して、加賀屋に泊まりました。でも、それは「無料で泊まらせてあげるから、遊びにおいでよ」と誘われたからです。加賀屋は天皇陛下がお泊まりになられた有名旅館なので、タダで泊まらせてくれるなら、誰だって喜んで行くでしょう?


《平成元年、3度目の熱愛報道は都内の病院に勤務する医師、Mさんだった》


それは名前が違っていますね。今の夫の武本憲重(たけもと・のりしげ)のことだと思います。そこはMじゃなくてTでしょう。もしくはN。

本当にスポーツ紙も週刊誌も適当なことを書くものです。せめて名前くらいは正しく書いてほしい。それにしても、どこから話が漏れるのだか分からないものですね。「恋か女優か板挟み」なんて勝手な見出しをつけて…。仕事を辞めるつもりはなかったので、とくにそんなことを言った覚えも、思った記憶もありません。(聞き手 三宅令)

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