直木賞に決まって

災いのあとにきた幸福 作家・窪美澄さん

産経ニュース
直木賞に選ばれ、記者会見する窪美澄さん
直木賞に選ばれ、記者会見する窪美澄さん

第167回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が7月20日に開かれ、直木賞は窪美澄さんの「夜に星を放つ」(文芸春秋)に決まった。選考会前後の心境について窪さんが産経新聞に寄稿した。

待ち会、というのは、自分の本の制作に携わってくださった担当編集者とともに、どこかの場所で直木賞を主催している日本文学振興会事務局からの電話を待つことを言う。お一人で待つ方もいるし、住んでいらっしゃる町で家族とともにという方もいるし、待ち方のやり方はいろいろあるのだが、担当編集者と待つケースがいちばん多いのではないかと思う。

電話、というのはもちろん当落の結果の電話で、「受賞しました」「今回は残念ながら」という電話が作家本人にかかってくる。なんておそろしい。せっかちな私は待ち時間も苦手だし、「今回は残念ながら」の電話がかかってきたとき、どんな顔をしていいかわからない。できることならこれを最後の待ち会にしたい。それはつまり受賞したい、ということなのだけれど、それ以上に、待ち会をもう二度としたくない、という気持ちのほうが上回っていた。

今回は本の担当編集者Kさんと、別の版元の編集者Tさんと待つことにした。ところが前日になってTさんから連絡が入った。コロナの濃厚接触者になってしまったという。こればっかりはどうしようもない。

思えば、待ち会までの間、本当にいろいろなことが起こった。三十六度とか三十七度とかの酷暑が続いていたあの時期のこと。まず使っているパソコンが突然動かなくなった。メールもワードも使えない。文章が書けないのなら小説家は仕事にはならない。すぐさまパソコン110番のような出張サービスに来ていただいたものの、担当の方も頭をひねる。どこにも悪いところはないのだった。キーボードの不調なのかも、と担当の方はその場で結論らしきものを出し、それでもなんとかパソコンを元通り動くようにしてくださった。

次は、寝る前に鏡を見ずにデンタルフロスを使っていたときのことである。あれっ、と口のなかに何かが落ちた感触があった。舌の上のそれを指でつまむとなんと歯。前歯がスースーするなあ、と舌で触れると、その場所にあるべき歯がない。インプラントのセラミックの部分が脱落したのだった。鏡に向かって笑ってみる。めちゃくちゃ情けない。万一、賞をいただいたときに前歯が一本ない状況は絶対に避けたい。翌日、引っ越し前に通っていた遠方の歯科医院ですぐに直していただいた。

最後は担当Kさんが、待ち会直前にコロナに感染したことである。「でもZOOMの打ち合わせは大丈夫です」とおっしゃっていたKさんだが、ひどい咳(せき)とともに画面から消えていったとき、この病の怖さを痛感した。それでも、なんとか待ち会の日までには全快して、Kさんは同席してくださった。そうして当日、私とKさんはとある場所で電話を待った。世間話をしているようでも気はそぞろだ。待ち会を始めてから一時間半。電話を受けながらKさんに指で小さな丸を作った。ああ、これで、待ち会も、待ち会までの長い時間も、もう二度と私の人生には登場しない。ほっとしている一方で、どこか寂しい気持ちもあるのが不思議だった。

くぼ・みすみ 昭和40年、東京都出身。広告制作会社やフリーの編集ライターをへて平成21年、「ミクマリ」が「女による女のためのR-18文学賞」の大賞となり作家デビュー。23年に「ふがいない僕は空を見た」で山本周五郎賞を受賞。3回目の候補作「夜に星を放つ」で第167回直木賞に決まった。

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