母の記憶語り継ぐ ウクライナ危機で強まる平和への願い 原爆77年

産経ニュース
初めて平和記念式典に出席した奈良県遺族代表の真竹貴子さん=6日午前9時27分、広島市中区 (安元雄太撮影)
初めて平和記念式典に出席した奈良県遺族代表の真竹貴子さん=6日午前9時27分、広島市中区 (安元雄太撮影)

広島は6日、米軍による原爆投下から77年の「原爆の日」を迎え、広島市の平和記念公園で「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれた。

「戦争でつらい目にあったけど、私たちの子や孫が同じ思いをしないよう、みんなで守っていこうね」

奈良県遺族代表として式典に初めて出席した真竹(またけ)貴子さん(76)=同県生駒市=は、原爆慰霊碑の前で手を合わせ、昨年7月に97歳で亡くなった母の田村清子(きよこ)さんに黙禱(もくとう)をささげた。

77年前の8月6日。6人きょうだいの長女で、真竹さんを身ごもっていた清子さんは爆心地から4キロ余り離れた広島県祇園町(現在の広島市安佐(あさ)南区祇園)の親類宅に家族とともに身を寄せていた。同県呉市の自宅は直前の空襲で焼けてしまっていた。

幸い清子さんは無事だったが、当時15歳で学徒動員に駆り出された弟の三男は広島駅で被爆。全身にやけどを負い、何とか自宅まで戻ってきたものの、医者から「手の施しようがない」と告げられ、終戦直前に力尽きた。

「ピカは恐ろしい。たった一発で多くの人が一瞬にして亡くなった。もう少し早く降伏していれば…」

終戦から半年ほどたって生まれた真竹さんは、清子さんから、亡くなった三男の話とともに原爆による惨禍を聞かされた。

今も思い出すエピソードがある。晩年に認知症を患い、奈良県内の高齢者施設に入所した清子さんは真竹さんを娘と認識できなくなりつつある中、施設を訪れた真竹さんに「呉から来たの?」と問いかけた。「私は呉に住んだことはないのにね。やっぱり広島やきょうだいへの思いがずっと頭にあったのかな」

清子さんに被爆由来とみられる深刻な健康被害はなく、胎内被爆者の真竹さんも自身を「被爆者」と意識することは少ない。それでも「こんな恐ろしい戦争は二度と起こらないように、という思いは幼少期から変わらない」。

10歳ごろまで広島で過ごした真竹さんは成人後、松江市で夫と出会い、結婚し娘2人を育てた。孫が生まれると、広島市の平和記念公園にある原爆資料館に連れて行った。

今年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、連日ニュースをチェックしては惨状に胸を痛める日が続く。核の存在をちらつかせるプーチン露大統領の言動を見るにつけ、平和への思いは一層強まっている。

「直接、原爆の被害を体験していない私は、語り部にはなれない。それでも、平和への願いを語り継ぐことで母も喜んでくれると思う」。決意を新たに前を向いた。(藤木祥平)

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