小林繁伝

「死ぬ気でやれ」…心に響いた先輩の言葉 虎番疾風録其の四(75)

産経ニュース
「死ぬ気でやれ」。高橋善正の言葉が小林を引き留めた=昭和52年、後楽園球場
「死ぬ気でやれ」。高橋善正の言葉が小林を引き留めた=昭和52年、後楽園球場

「プロゴルファーを目指す」と心を決めた小林に一本の電話がかかってきた。声の主は「善さん」と選手たちから慕われている高橋善正だった。小林より8歳年上のベテラン投手だ。事の経緯を聞いた高橋は静かに話し始めた。

「コバよ、事情は分かった。辞めるのは止めない。だけど、お前、死ぬ気で野球をやったことがあるか? もし、ないのなら、一度でいいから死に物狂いでやってみろ。辞めるのはそれからでも遅くないんじゃないか」

〝死ぬ気で〟という言葉に小林の心は揺れた。体の細い小林は子供の頃から、体の大きな相手を出し抜く野球しかしていなかった。それを小林は「こすっからい野球」と表現した。

実は高橋も一度野球をやめようと思ったことがあった。高知商―中央大と進み昭和41年の第2次ドラフト1位で東映に入団した高橋は1年目、15勝(11敗)を挙げ「新人王」に輝いた。2年目13勝。3年目の開幕前、ランニングをしていたとき誤って排水溝に落ち腰を痛めてしまった。3年目3勝11敗。4年目2勝9敗。「もう勝てない…」。高橋は「引退」を考えた。だが、踏ん切りがつかない。本当に野球を捨てられるのか?と何度も自分に問うた。

「よし、もう一度、死に物狂いでやってみよう。それでダメなら…」。これが高橋の出した答えだった。そして5年目の46年8月21日、後楽園球場での西鉄戦で高橋はプロ野球史上12人目の「完全試合」を達成した。

《小林よ、大好きな野球をそんなことで捨てられるのか?》

高橋の言葉をかみしめていくうちに小林の怒りは収まっていった。

「オレは何を怒っているんだろう―という気持ちになった。杉下さんがグラウンドを離れたのも、やむを得ない事情があったかもしれない。善さんの言う通りだと思った」。翌日、小林は杉下コーチに謝罪し、3日ぶりに練習に復帰した。

小林が「死ぬ気で」野球に向かい始めた。(敬称略)

■小林繁伝76

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