歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡

「TATTOO」に込められた絆 映画『ブレードランナー』がヒント、50年代っぽいリズムで若者に訴えた新曲

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新たな明菜の魅力を引き出した「TATTOO」
新たな明菜の魅力を引き出した「TATTOO」

中森明菜の通算20枚目のシングル「AL―MAUJ(アルマージ)」(1988年1月27日)は、明菜のシングル作品として作曲家の佐藤隆が書き上げたものだった。

しかし、当時を知る音楽関係者は「シングル候補から落とされたと聞きましたね。で、佐藤さんは自身のアルバム『水の中の太陽』に『デラシネ』という別の歌詞をつけて収録したのです。作詞は『AL―MAUJ』と同じ大津あきらさんでしたが、歌詞は女性から男性の目線に変えていましたね」と振り返る。

明菜の作品には、アルバムに収録する目的でオファーしたものの、結果的にシングルになった作品が多々ある。井上陽水が明菜のボーカルにほれ込み、自らプレゼンした「飾りじゃないのよ涙は」(84年11月14日)しかり、「DESIRE」(86年2月3日)や「Fin」(86年9月25日)も、いわゆる「シングル格上げ」作品だったといわれる。そんな中、アルバムを含めシングルの候補から落ちた作品が、シングルに復活したケースはまれだというのだ。

もっとも、経緯を当時、明菜の担当ディレクターだったワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)の藤倉克己(現フリー音楽プロデューサー)に尋ねると「候補曲から外したことなどはなかった」と否定した上で、「単にタイミングの問題でした。そもそも作品をオファーしたのも僕ですからね。作品が上がってきたのは86年の春先前後だったと思いますが、その時は『ジプシー・クイーン』や『Fin』を先行させたり、『難破船』のようなカバー曲もやろうとなったり…。佐藤さんは作品化されないと思ったのかもしれませんが、事実の誤認があるようですね。そもそも僕のシングル制作方法というのは150曲ぐらいの候補から4曲を選んだ上で、作詞を依頼してオケを作るスタイルでした。その上で明菜に歌ってもらい最終的に作品を決めていました。『AL―MAUJ』は、僕自身の意識の中でタイミングがあっただけで、決して選考から落としたことはありません。だいたい、明菜の作品は出来上がってから2、3年たって具現化したケースなんて珍しくなかったですからね」などと、苦笑いしながら振り返った。

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