ある日突然、犯罪に巻き込まれた当事者や犯罪で大切な人を奪われてしまった家族などの支援を行う部署が警視庁にある。「犯罪被害者支援室」だ。心の傷を癒してもらうための心理的サポートのほか、経済的支援やイベントへの招待なども実施。被害者が前向きに生活できるように努めながら、支援の輪を広げる活動も継続的に行っている。(根本和哉)
「力もらえた」
今春、立川市のアリーナで行われたプロバスケットボール・Bリーグのアルバルク東京対群馬クレインサンダーズの試合。観客席には事件や事故で身内を失った、4家族9人の姿があった。磨かれた力と技のぶつかり合いに、弟を亡くした高校2年の女子生徒(16)は「迫力がすごくて、見ていてとても元気が出た。選手の皆さんのように自分も頑張ろうと思えた」と笑みを浮かべた。
こうしたプロスポーツの試合やコンサートなどのイベントに被害者を招待するのは、警視庁の被害者支援活動の一環だ。警視庁の呼びかけに企業や団体が応じることで実現しており、年に数回行われている。アルバルク東京の林邦彦社長は「今日来られた方々が心身ともに前向きになれるきっかけになれば」と話す。
3本の柱
支援の対象は殺人、強制わいせつなどによる身体的被害を受けた人や、交通事故などの被害者とその家族。警視庁では令和2年に計約3000人が対象となった。一人一人にきめこまやかなサポートを行っており、その活動は主に3つの柱に分けられる。
1つは被害者に病院や弁護士の手配、カウンセリングなどのほか、元気づけるためにイベントに招待したりする「直接的支援」だ。事件事故の直後はパニック状態に陥る人も多く、相手の状態を見ながら、必要な支援を選択していく。支援室被害者相談係の瓦葺(かわらぶき)佳子巡査部長は「『半歩先を照らす』ことを意識している。少しずつ寄り添っていくことが大切」と話す。
2つめは「経済的支援」だ。被害者自身が犯罪行為によってけがを負ったり病気になったりした場合に受け取れる「重傷病給付金」や、死亡した被害者の遺族が受け取れる「遺族給付金」などの制度の手続き方法などを紹介する。
3つめは被害者支援の輪を広げるための広報活動。被害者やその家族に、学校などでその経験を話してもらう「命の大切さを学ぶ教室」を開催するなどして、被害者支援の重要性を訴えている。
「終わりはない」
「事件や事故の捜査が終わっても、支援に終わりはない」と瓦葺さん。少しずつ変化する被害者の気持ちに寄り添い続けるうち、10年以上の付き合いとなることも珍しくない。前向きになっていく被害者の姿を見ることができた瞬間には、大きなやりがいを感じるという。
ただ、被害者の心の痛みを理解しない人々もいまだ多く存在する。平成31年4月に池袋で起きた暴走事故の被害者遺族を中傷したとして、4月には愛知県の男が書類送検された。犯罪被害者支援官の栗原和美警視は「悪いのは加害者であって、被害者ではないということを理解してほしい」と話す。周囲の人々は被害者を責めることなく、寄り添って話を聞くことが必要だと述べる。
「被害者支援への理解と取り組みが、社会へ浸透するように努力していく」と力を込める栗原さん。支援室はいつまでも被害者のためにあり続ける。
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警視庁犯罪被害者支援室 オウム真理教による一連の事件で精神的苦痛を受けた被害者救済などのため、平成8年に「犯罪被害者対策室」として誕生。各警察署の担当者や関係団体などと連携し、被害者に対し、物心両面で長期的な支援活動を行っている。企業や学校などで被害者ケアについての研修なども実施しており、さまざまな方法で被害者支援活動の輪を広げている。