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落語家・桂宮治(6) バイトと遊びに明け暮れた高校時代

産経ニュース
高校生のころ
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《高校受験で思わぬ〝失敗〟をしてしまい、第1志望の都立高校へ進学できず。自転車で通える旧東京学園高校(東京都目黒区)に進んだ》

高校1年生のときは皆勤賞。成績は学年で10位以内でした。勉強は全然していないし、英語は苦手で赤点にもかかわらずです。先生から「英語をなんでやらないんだ」ってよく叱られました。

部活はなんとなく、入りませんでした。みんなは電車で一緒に通学していましたが、僕は自転車通学だったので、友達との付き合いも少なかった。

《そんな失意の日々を送っていた男子高校生に転機が訪れる》

高校1年生の終わりのころ、目黒の中華料理店でアルバイトを始めました。そこで20代の先輩と出会い、楽しくなっちゃって。毎日のようにバイトに行くようになりました。

その先輩たちと早朝野球のチームをつくり、世田谷区の野球場でリーグ戦に参加したり。そうなると学校に行けないじゃないですか。平日の朝、自宅から野球のユニホームを着て先輩の車で野球をしに行った後、学ランに着替えて昼過ぎから登校した日もあれば、そのままバイトに行った日もありました。

校則でバイクの免許を取っちゃいけないことになっていたのに取って、月々4万円くらいのローンを組んで高いバイクを買いました。当時は月25万円くらい稼いでましたから。

夜になると、バイトの先輩たちと学ランのまま遊びに行きました。いまではありえないかもしれないけど、そういう時代でした。地元では、当時の言葉で「バイ専」と呼ばれていました。「アルバイト専門」という意味です。「あいつ、バイトのやつらとばっか遊びやがってよ」と言われていたみたいです。

《アルバイト仲間と遊びに明け暮れた高校時代。そんな中でも忘れられない〝思い〟があった》

ませた高校生ですね。付き合うのは20代の支配人か、バイトの大学生。支配人が真っ赤なアメ車、副支配人が「コルベット」に乗っていて、その助手席に乗せてもらって遊びまくっていました。新宿とか行ってナンパしたり。先輩の家に泊まって、次の日は学校に行かないでバイトに行ったり。バブルは終わっていたけど、若者には関係なかった。

ずっと夜遊びしていた高校時代。成績のことも考えてなかった。でも、小さいころから舞台に立つことへの憧れがあったので、何もないときは本多劇場(東京・下北沢)とかに行って、学生割引の椅子のない席で芝居を見たりもしていました。

《そんな息子に母親はほとんど何も言わなかった》

母には「何かやりたいなら、隠れてやらないで私の目の前でやりなさい」とだけ言われました。自分の子供たちにも、同じことを言っています。でも実際、子供が親に隠れて悪さをするのはしようがない。ただ人様に迷惑をかけるのだけは、絶対だめですね。

高校2、3年生のときはほとんど学校に行かなくなって、ずっとバイトの人と遊んでました。あと1日休んだら、出席日数が足りなくて高校を卒業できなかったそうです。

僕が通っていた高校はいまはもうなく、違う場所で違う名前の学校になっています。高校のことはほとんど覚えてないけれど、卒業式に出たのは覚えています。帰りがけに卒業証書を落としてしまい、警察にも行ったけど見つからなかった。卒業証書が家にないから、高校を卒業していないという噂もあるみたいですよ。(聞き手 池田証志)

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