井崎脩五郎のおもしろ競馬学

生誕150年 安田伊左衛門の功績

産経ニュース
東京競馬場のパドック横にある安田伊左衛門の銅像
東京競馬場のパドック横にある安田伊左衛門の銅像

1979年に出版された『重賞なんでも事典』(瀬上保男/三恵書房)という本がある。

当時、JRA賞はなかったが、もしあったら、JRA賞の馬事文化賞は間違いなくこの本だったろうと言われるくらい、極めて評価が高い。それは、細かいデータとためになるエピソードにあふれているからである。

たとえば、日曜は安田記念だが、レース名に使われている安田伊左衛門(1872~1958年)について、〈日本ダービーの父、安田伊左衛門〉という一項がある。

日本人による競馬は明治の初めにスタートしているのに、なぜ、競馬の華ともいうべき日本ダービーは、そのスタートが昭和までずれ込んだのか。

それは、明治の終わり近くに馬券発売の禁止が法制化され、それでは日本ダービーにふさわしい優勝賞金を用意できるわけもなく、日本ダービー創設の機運が沈滞していたからである。

このままでは日本競馬に未来はないと感じた男が一人。

〈馬券発売禁止というこの法律の改正に取り組み、日本ダービーへの道を開いたのが安田伊左衛門だった。安田は明治45年と大正4年に立候補して国会入りし、その後の精力的な活動で、ついに大正12年、馬券復活を認める競馬法の制定にこぎ着けたのである〉

〈こうして昭和5年には、2年後にダービーを施行する旨の公布が行われ、同年、168頭が挑戦の名乗り(第1回登録)〉

〈競馬法制定を使命として立候補した安田のような存在は、空前絶後だろう。安田は後年、日本中央競馬会の初代理事長に就任、その名は、今も安田記念として残っている〉

この本を若い競馬ファンに見せたら、「安田さんて、そういう人だったんですか。競馬の恩人ですね」と感心していた。ちなみに今年の安田記念には、「安田伊左衛門生誕150周年記念」という、お祝いの言葉が添えられている。安田さんも天界で、競馬の隆盛をお喜びのことと思う。(競馬コラムニスト)

  1. 名脇役の斎藤洋介さんが死去 69歳、人知れずがんで闘病

  2. 来るのか巨大地震〝今最も危険な3地区〟 山形異常な状況「東北・太平洋岸」 急激な高さ変動「北信越」 水平方向の動き「九州・沖縄」

  3. 中露〝蜜月崩壊〟習主席がプーチン氏見捨てた!? 「ロシアの敗北は時間の問題」中国元大使が発言 インドの浮上で変わる世界の勢力図

  4. 値上げしてもよいと思うもの 3位「おむつ」、2位「ビール」、圧倒的1位は?

  5. きよ彦さん死去…毒舌キャラでタレントとしても人気集めた着物デザイナー