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〝バットマン〟宮本恒靖氏が語る日韓W杯 

産経ニュース
当時、海外メディアから「バットマン」と呼ばれた宮本恒靖氏が日韓W杯を振り返った
当時、海外メディアから「バットマン」と呼ばれた宮本恒靖氏が日韓W杯を振り返った

日本を熱狂の渦に巻き込んだ2002年サッカーワールドカップ(W杯)日韓大会(5月31日~6月30日)から、20年がたった。フランス人のフィリップ・トルシエ監督率いる日本代表は1次リーグを勝ち上がり、史上初の16強入り。当時、黒いフェイスガード姿で海外メディアから〝バットマン〟と呼ばれた宮本恒靖氏が節目を前に報道陣の取材に応じ、鮮明に残る20年前の記憶を明かした。(運動部 川峯千尋)

宮本恒靖氏
宮本恒靖氏

«初戦のベルギー戦(2-2)は負傷した森岡隆三に代わり途中出場。続くロシア戦(1-0)、チュニジア戦(2-0)は主将としてフル出場し、日本の1次リーグ突破に貢献した»

「自分のサッカー選手としての人生が大きく変わった大会だった。競技的にもそうだし、マスク(フェイスガード)をしていたことで幸か不幸かたくさんの人に知ってもらえた。幸の方があったと思うが、自分のキャリアの転換点だった」

«W杯初勝利を挙げたロシア戦の視聴率は66・1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)に上った。渋谷スクランブル交差点では若者が入り乱れ、大阪・道頓堀川にダイブする人もいた»

「02年はJリーグが始まって10年。自分たちがどれくらいの成績を残せるかで『日本サッカーの行方が決まるのではないか』と感じながらやっていた。初戦で勝ち点1を挙げられたのは良かったが、ホスト国として勝つことが大事なテーマだった。06年ドイツ大会やアジアカップと試合に出てきたが、どの勝利が印象に残っているかといわれたらロシア戦が一番に来る」

«列島の熱狂をよそに、日本代表がベースキャンプ地とした静岡県袋井市の荘厳なホテル「葛城北の丸」は静かな時間が流れていた»

「すごく静かなところで、世間の喧噪(けんそう)と離れたところにいた。でも、自分たちは世の中の中心にいる、みたいな不思議な感覚はあった。一歩(外に)出たら、沿道で本当にたくさんの人が手を振ってくれて、別世界に降りてくる感じだった」

«自身はW杯開幕前日の5月30日、大学生との練習試合で鼻骨を骨折。黒い特注のフェイスガードを着けてプレーする姿が映画「バットマン」のようだと話題になった»

「(フェイスガードは)突貫工事で間に合わせてくれた。骨折が分かった日の夜に業者の人が大阪から来てくれて、型をとって、翌朝起きるころにはもう出来上がっていた。(付けるのが嫌とかは)全然なかった。とにかく、試合に出られるのであればと思っていた。骨折をして、戻す作業ってものすごく痛い。それだけはもう一回したくないと思って、守るために(付けていた)」

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