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それでも夢を追いかけた 「かべ―鉄のカーテンのむこうに育って」ピーター・シス作 福本友美子訳(BL出版)

産経ニュース

「パパは開拓者なの?どうしてアメリカに住もうと思ったの?」。作者、ピーター・シスは1949年、当時のチェコスロバキアに生まれた絵本作家だ。1984年にアメリカへ移り住んだが、当時まだ幼かった子供たちが学校で習った「アメリカの最初の開拓者」になぞらえて父親にこう聞いたという。答えはとてもシンプルだ。「絵をかきたかったからさ」

移らざるを得なかった経緯をひとことで説明するのは難しい。でも子供たちのため、家族のためシスは絵で自分の人生を描いてみようと思い、できたのがこの絵本『かべ』だった。

かべとは鉄のカーテン。私は東西冷戦、旧ソ連時代の共産主義陣営に組み込まれた東欧諸国の内実を知った。絵が好きだったシス少年は「家では、なんでもすきなものをかいたが、学校では、かきなさい、といわれたものをかいた」。戦車を描き、戦争を描いた。すべて強制であり、教育に名を借りた洗脳だった。

親たちは子供の前で意見を言うこともできなかったという。少しでも反体制的だったら子供たちが学校で両親のそんな考えを無邪気に答えてしまうかもしれないから。

やがて1968年の「プラハの春」。赤色に抑圧された灰色の世界に自由でカラフルな色が流れ込む。ビートルズも自由に聴ける時代。でもそれは束の間の「春」であり、ソ連の戦車によって踏みにじられた。そんな中でシスは絵を描き、ロックに夢中になってバンドを組み、映画制作を学び、ラジオ番組のDJをつとめた。絵本の最後はベルリンの「かべ崩壊」だ。

今さらながらほとんど知らなかった。ロシアに対峙する旧東欧諸国や近接する国々の恐れがいかに根深く、それゆえに生まれた勇気の源泉を、この絵本が教えてくれた。

奈良市 若林稲子(59)

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