拳闘の島 沖縄復帰50年

(9)殿堂入り世界王者・具志堅用高 受験に失敗…「若松湯」へ

産経ニュース
世界タイトル奪取で石垣に凱旋した具志堅用高(前列中央)、前列右端は上原勝栄、後列左端は仲井真重次=石垣市の自宅前で。具志堅用一さん(後列左から2人目)提供
世界タイトル奪取で石垣に凱旋した具志堅用高(前列中央)、前列右端は上原勝栄、後列左端は仲井真重次=石垣市の自宅前で。具志堅用一さん(後列左から2人目)提供

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具志堅用高は昭和43年、地元の石垣中学に入学した。この年の夏、興南高校野球部が甲子園大会で準決勝に進出し、沖縄は「興南旋風」に沸き返った。いとこの具志堅用一や兄貴分の仲井真重次も活躍した石垣中学の野球部に当然のように入部したが、体の小さな具志堅には出番が回らず、卓球部に転じた。

高校は地元の八重山商工高を目指したが、入学試験の答案に名前を書くのを忘れた。しかも複数の教科で。「それは大変だったさ。おふくろは悲しむし」

父親からは進学をあきらめ、カツオの加工工場に勤めるよう言い渡された。興南高への進学を用高に勧め、父親を説得してくれたのは中学の担任だった。八重山商工高に進んでも、加工工場に勤めても、具志堅はボクシングと出合っていなかった。

■ ■

石垣島で受けた興南高の入試に合格し、船で那覇に向かった。島を出るのは初めてだった。興南高でも野球部に入部を希望したが、細く小さい体をみて断られた。八重山と沖縄本島では言葉が違い、友人もできない。親族の家の居候を転々としたが、どこも裕福とはいえず、迷惑をかけているのではないかと、悩みはつきない。

このままでは石垣に帰るしかないかと、1年浪人の末に興南高の3年生になっていた石垣の先輩、仲井真に相談した。具志堅の入学時、母親から「用高は肝臓が悪いから激しい運動はさせるなよ」と約束させられたのは連載の7回目に書いた通り。

だが島に帰りたくない、住むところもないというのでは、家賃も食費もただの自身の下宿、銭湯「若松湯」に誘うしか仲井真にも選択肢はなかった。

ただし若松湯にただで住むには、ボクシングをしなくてはならない。そして銭湯の主、上原兄弟の三男、勝栄のメガネにかなわなくてはならない。

仲井真は石垣島の両親には内緒で具志堅を若松湯に連れて行った。勝栄は具志堅をにらみ、ボイラーの横に吊(つ)り下げたサンドバッグを叩(たた)いてみろという。

具志堅はボクシングをやったこともなければ、ほとんど見たこともなかった。それでも何発かサンドバッグを打つと、勝栄はこういったのだという。

「重次、これはいけるかもしれないよ」

勝栄の慧眼(けいがん)、おそるべしではあるが、それはおそらく、インターハイでの活躍や、プロの日本ランカーも望めるといった期待だったろう。まさか5年後に世界チャンピオンになっていようとは、さすがに誰も想像できなかったはずだ。

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具志堅が若松湯に下宿した最初の晩飯を、上原家の六男、光治郎が覚えていた。

「うちは大家族だし、ボクシング部の下宿人もいる。最初は皆、小さくなっているものだけど、具志堅さんだけだったな。最初からご飯をおかわりしたのは。おとなしそうにみえて、肝が太かった」

興南高では仲井真が主将を務めるボクシング部に入部し、金城眞吉監督の指導を受けた。「昼は監督が怖くて、夜は勝栄さんが怖い。もう余裕がないんですよ」。そんな具志堅の、銭湯の日々を、1歳年少で共に暮らした光治郎に聞いた。

「学校から帰ってきたら港の桟橋に行き、盤木(ばんぎ)を5ドルで買ってきて斧(おの)で割って薪(まき)にする。営業が終わったら風呂掃除さ。兄貴(勝栄)は左利きの具志堅さんに、薪割りも、中腰のままたわしでこするタイル磨きも、全部右手でやらせた。ご飯を食べるときもさ。ボクシングで両手が使えるようになるから」

勝栄の口癖は「人のまねはするな」「人が一つやるなら、三つやりなさい」だった。

風呂の仕事が全部終わってから、勝栄によるボクシングのトレーニングが始まるから、寝るのはいつも深夜となる。

すでにプロ入りしていた四男の上原康恒は、帰省時に具志堅をみて驚いた。「とにかく速いんだ、飯を食うのが。両手ではしを持って食べるから、人の2倍は速かった」(別府育郎)

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