小林繁伝

長嶋の引退試合、中日主力は出場せず 虎番疾風録其の四(39)

産経ニュース
オープンカーで名古屋市内をパレードする中日ナイン=昭和49年10月14日
オープンカーで名古屋市内をパレードする中日ナイン=昭和49年10月14日

『長嶋 引退表明』―のニュースに中日ファンは怒った。

「なにも優勝の日に合わせなくてもいいじゃないか」「巨人の嫌がらせだ!」

たしかに12日の引退表明は巨人から言わせれば「V10にメドがついた日」であり、予定していた行動。翌13日の今季最終戦(後楽園)で長嶋がファンに別れの挨拶をするためにも、この日に告知しておく必要があった。だが…。

当時の球界にはこんな〝不文律〟があったかどうかは不明だが、現在は「優勝に敬意を払おう」という暗黙の了解がある。優勝決定の日や日本シリーズが行われている期間は、監督交代などの大きなニュースとなる発表はなるべく控えよう―とする姿勢である。

騒動はさらに大きくなる。

10月14日、後楽園球場で行われた長嶋の〝さよなら試合〟に与那嶺監督以下、高木や星野仙ら中日の主力選手が出場しなかったのである。第1試合の先発メンバーは次の通り。

①藤波(中)②西田(二)③井上(左)④大島(三)⑤ウィリアム(右)⑥伊藤泰(一)⑦新宅(捕)⑧正岡(遊)⑨村上(投)

試合を控え選手に任せ、主力選手たちはその日、名古屋市内で行われた「優勝パレード」に参加したのだ。

午後1時、名古屋市中区三の丸の中日新聞本社で祝賀会。そのあと選手たちはオープンカー二十数台で凱旋(がいせん)パレード。沿道はドラゴンズの小旗を振る中日ファンでビッシリ。ビルの谷間には5色の紙吹雪が舞った。

「長嶋さんに失礼じゃないか!」と今度は巨人ファンが怒りの声を上げた。

「優勝」を「引退表明」で消されたことへの意趣返し―今でもそう思っているファンは多い。だが、事実は少し違う。中日の関係者によれば、13日の巨人戦には「全員出場する予定だった」という。第2試合は薄暮スタート。試合終了後すぐに名古屋に戻り、14日のパレード参加―というスケジュール。ところが13日の試合が雨天中止。翌日へ順延となった。

「交通規制もしているので、パレードの予定は変えられなかったんです」

天の神様のいたずら? そのおかげか翌50年の中日―巨人戦は〝因縁の対決〟として大いに盛り上がったのである。(敬称略)

■小林繁伝40

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