春の褒章の受章者が28日付で発表された。静岡県内からは「黄綬褒章」に3人、「藍綬褒章」に9人の計12人が受章した。このうち、日本料理人として精励し、黄綬褒章を受章した河津町の旅館「かね吉一燈庵」総料理長で、伊東市の猪爪康之さん(68)に、これまでの苦労や受章の喜びなどを聞いた。発令は29日付。
地元の高校卒業後、日本料理人として今年で半世紀を迎えた。現在は河津町・今井浜温泉の旅館「かね吉一燈庵」で総料理長を務め、地場の食材を使った会席料理に腕を振るう一方、新型コロナウイルスによる休業中は率先して露天風呂を磨いた。
「今後は後進の指導に力を振り向けたい。ここまで育ててもらったことへの感謝の気持ちも込めて」
和食の世界に飛び込んだのは、高校時代のアルバイト先の小さな旅館で調理場を手伝ったことがきっかけだ。「外の空気を吸った方がいい」「料理の基礎をしっかりした店で習いなさい」という周囲の助言を胸に、故郷の伊東市を離れ、東京・銀座の割烹(かっぽう)料理店で厳しい修行を重ねた。
最初は漬物係だったが、「ぬかみそなんて触ったことがなく、塩を入れ過ぎると、しょっぱくなる。加減が分からず、へたくそだった」。ある日、料理店の大将から食事に誘われた築地の定食屋で漬物を口に運んだ。「ナスの色といい、キュウリの味といい、うまかった」
大将は優しく諭した。「定食屋でこれだけの漬物を客に出すんだ。まず、うまい漬物を漬けられるようになってから、料理がどうのこうのを語れ」。自分が情けなかったが、胸に刺さった大将の言葉を境に目が覚めた。
翌日からぬかを何度も作り直すなど、試行錯誤を重ねた。1年半ほどで「銀座で最もうまいんじゃないか」と自賛するほど成長してみせた。「厳しかったが、大将に基礎をきっちりと仕込んでもらった。最初は鬼に見えるが、鬼はほほ笑むようになる。渡る世間に鬼はいない」
まもなく迎える大型連休は、久しぶりに移動制限がない。ほぼ予約で満室だといい、日常が戻りつつある。「ここでくつろぎ、明日からいい仕事をしてもらうために、おいしい料理を食べてほしい」。海の幸や山の幸を堪能する宿泊客の喜ぶ顔を今から楽しみにしている。(岡田浩明)
■静岡
▽黄綬褒章(3人)
猪爪 康之68
かね吉一燈庵総料理長 伊東
岩瀬 喜臣69行政書士 静岡
和田美鶴夫65
元遠州鉄道バス運転士 浜松
▽藍綬褒章(9人)
大石 弘子76保護司 静岡
岡田 幸子75保護司 掛川
笠井 昌子76保護司 富士
小松 暁子69調停委員 藤枝
寺西 博75調停委員 沼津
富岡 孝87元国勢調査員 裾野
野中 秀記51
浜松市消防団分団長 浜松
望月喜久治74保護司 静岡
八木 弘子76民生・児童委員静岡