両脚切断の男性、経験を糧に「前向きな人生」 福知山線脱線事故17年

産経ニュース
事故で負傷した林浩輝さん。「スーツを着て働けるのは幸せ」と話す=大阪市西淀川区(永田直也撮影)
事故で負傷した林浩輝さん。「スーツを着て働けるのは幸せ」と話す=大阪市西淀川区(永田直也撮影)

乗客106人が死亡した平成17年のJR福知山線脱線事故で両脚を切断し、車いす生活となった林浩輝さん(36)は現在、大手保険会社の関連会社で管理職として仕事に追われる日々を送っている。事故直後の絶望から立ち直り、昨年は東京五輪の聖火ランナーも務めた。事故から25日で17年。「つらいことを乗り越えたからこそ、今の前向きな人生がある」と思えるようになった。

「17年たって感じるのは、この体になっても、スーツを着て四苦八苦しながら働けるのは幸せだということ」

大阪市西淀川区にある日本生命の特例子会社「ニッセイ・ニュークリエーション」。生命保険の事務手続きなどを担う同社に勤め10年近くになる林さんは、当たり前の日々を送ることができる喜びをかみしめている。

事故当時は同志社大の2年生。事故車両の運転席の真後ろに乗っていたが、突然、車体が浮き上がるような感覚に襲われた。「洗濯機の中で揺られているような感覚」のあと、気が付くと辺りは暗く、下半身の感覚はなかった。わずかな光の中で理解できたのは、上半身が運転席と客席を隔てるガラスを突き破ったことと、運転士が頭から血を流して亡くなっていることだった。

約22時間後、最後の乗客として助け出された直後はクラッシュ症候群で意識を失い、目覚めたのは約2週間後だった。起き上がろうとしても起き上がれず、医師から両脚を切断したことを伝えられた。

「両脚を失ったことに対する悲しみや絶望、憤り」が増す中で、募ったのは学生生活への思いだった。「同級生たちと一緒に卒業したい。そこを一つの目標として前を向けるようになった」と話す。

信頼厚く、仕事に邁進

卒業後は企業戦士になりたいと大手広告代理店に入社したが、待っていたのは深夜まで及ぶプレゼン準備や飲み会。帰宅が未明になることも当たり前だった。過酷な業務に「俺、車いすやけどな」と弱音をはきそうになることもあれば「でも、自分で選んだ道や」と考え直す。苦悩と葛藤の末、3年後に現在の会社に転職した。

それでも、広告代理店での経験は大きな財産となった。「自分が思っていたほど周りは自分のことを障害者だとみていない。一人の社会人としての仕事ぶりを見られていることに気づいた」

今は30人ほどの部下を持つ。「自身はストイックだが、部下に対しては丁寧な指導をしていて頼りにしている社員も多い」と同僚からの信頼も厚い。今月からは、同社で、障害者がスムーズに働けるよう支援するジョブコーチとしての役割が加わった。

「脚があればもっと人生が楽だったかなと思うこともある」と林さん。ただ、「大変な17年だったけど、事故があって今の自分がいる。その自分のアイデンティティーは仕事。願わくば死ぬ直前まで働いていたい」と仕事に邁進(まいしん)していくつもりだ。(木津悠介)

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