人に心があるように、動物にも心はあるのだろうか。動物と心を通じたいというのは人の心の奥底にある想(おも)い。それがかなうのはこんなふうにだろうか。
本書は主役であるシャチの捕獲シーンから始まる。シャチの家族の絆が断ち切られ、2頭の子シャチが捕獲された。そのうちの1頭は海洋研究所で、ある企業からの依頼を果たすための訓練を受けることになる。それは海底に沈んだキャニスターを回収してくるという任務。野生から捕らえられて間もないシャチにわずかな期間で高度なことをさせる訓練だ。しかし、このシャチはそのずば抜けた能力で順調に学習していく。そんなある日、海で訓練していたシャチはクジラと出会い、一緒に捕らえられ離ればなれになったもう1頭のシャチの消息を知る。そしてそのシャチへの募った想いが人の言葉を発せさせた。この物語のもう一人の主役はシャチにずっと付き添ってきた研究所のイーサンだが、シャチは彼の名を呼び、自分の願いを言葉にして伝えたのだ。
話はここから佳境に入っていく。彼はその言葉の意味、すなわちこのシャチの願いを知り、任務を果たしたあと、その想いをかなえてやろうと決意する。この地球上で、人には人の、そしてシャチにはシャチの生き様、尊厳がある…作者の意図したそんなテーマが垣間見えてくる。
シャチを取り巻く多くの人たちが任務の遂行に向けて苦悩する傍ら、その心は一つになっていく。寡黙なイーサンも次第に心を開き、そんな彼にシャチも心を開く。そうした人とシャチの心模様を丁寧に絡めることで物語の深さが増している。
さて、はたしてシャチは任務を遂行し、そしてその想いをかなえることはできるのか。のめり込むような気持ちで話の展開を追ってしまう。本書ではシャチの生態や種々の科学的事象がよく調べられており、架空のストーリーながら、背景の描写にそれを感じさせない安定感がある。ただこのお話、あながち夢物語とも言い切れない。実際、人の好き嫌いがあるイルカや人の言葉をしゃべるイルカがいる。科学の世界では夢と現実は紙一重。いつか自分の前にも心が通じるシャチが現れるかも…そう思いたくなる物語である。(集英社・1760円)
評・村山司(東海大教授)