小林健は最後の対局に、中飛車を採用した。振り飛車党に転向した小林健の、最後に指したい将棋だったのだろう。将棋は小林健の中央からの動きを神崎が逆用し、中央から盛り上がりつつ手厚く攻めて、神崎の完勝。
小林健は弟子の育成にも熱心で、大勢の弟子がこの日控室で見守っていた。
小林健にすれば、勝って皆をガッカリさせようと思ったらしいが、残念ながら「先生、お疲れ様でした」の言葉を受けることとなった。
田中の最終局も、竜王戦の対田中悠一五段戦で、こちらは逆に田中悠の中飛車に対し、田中寅は相手の攻撃陣の真正面から突撃する、見たことのない仕掛けに出た。今回の将棋大賞の『升田幸三賞特別賞』を受賞した、田中寅らしい仕掛けだ。
一見無謀と思えるこの仕掛けはAIも支持し、たちまち優勢となったが、もう一歩厳しい踏み込みに欠け、田中悠の粘りを許した。終盤では、受けを放棄して攻め合いに出たのが致命傷となって田中寅は敗れたが『序盤のエジソン』らしさを見せた。
小林宏は将棋も人柄も真っ直ぐな男で、なぜ引退に踏み切ったかは本人しか分からないが、最後は上野裕和六段相手に、得意の角交換早繰銀の急戦を用いるなど、各人それぞれ持ち味を生かした将棋で、現役を終えた。
■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。