元宝塚トップスター高汐巴 「初舞台50年」の記念公演

産経ニュース
宝塚の初舞台から50年。トップスターの風格は変わらない高汐巴(撮影・石井健)
宝塚の初舞台から50年。トップスターの風格は変わらない高汐巴(撮影・石井健)

元宝塚歌劇団花組トップスター、高汐巴(たかしお・ともえ)が、初舞台から50周年を迎えた。これを記念した公演「Respect Me!」(作・演出、三木章雄)が28日から東京都豊島区のあうるすぽっとで行われる。

昭和47年に宝塚歌劇団に入団し、雪組公演で初舞台を踏んだのが50年前だ。

「私たちがやっていることは、アスリートと違って、〝結果〟が出ない。いただいた題材をひたすら稽古し、お客さまに見ていただく50年でした」

48年に星組に配属。当時の宝塚は、花、月、雪、星の4組。50年に雪組、55年に花組、57年に再び雪組、そして58年にまた花組と組替えを経験した。

「組替えは、精神的にしんどかったですね。宝塚は競争社会。大きな役がほしくて切磋琢磨(せっさたくま)している。そこへ新しい競争相手として入っていくわけですから」

最後の花組はトップスター就任が前提の異動だったが、「組の皆さんと心が一つになり、〝ピラミッド〟をしっかりと組み上げることができたのは退団の2年前ぐらいでした」と明かす。

当時の花組は、トップスター候補生がひしめき合っていた。大浦みずき、安寿ミラ、真矢みき、真琴(まこと)つばさ、愛華(あいか)みれ、香寿(こうじゅ)たつき、紫吹(しぶき)淳、匠ひびき、姿月(しづき)あさと…。高汐を大いにもり立てた。

「粒がそろった人気の組ですよ。恵まれてましたねえ。でも、私が個性的だったから、周りの人たちは大変だったのでは」

真矢は後に「宝塚の革命児」などと呼ばれるが、高汐は「彼女は真面目なものですよ。私は劣等生。それでもやってこれた。宝塚の『奇跡の人』と呼ばれているのよ」と笑う。

タカラジェンヌの養成校である宝塚音楽学校は高倍率の難関校だが、何も準備せずに合格した。

「入学してからもサボってばかり。叱られて、叱られて…。でも、楽しかった。宝塚時代はメリーゴーラウンド。叱られて泣いたことも青春のひとコマ」

62年に退団し、女優の道に進んだ。男役10年という。つまり10年でやっと一人前。それからトップスターとして活躍すると、退団するときには30代だ。

「そこからの再スタート。皆、苦労している。退団してからが、本当の人生の始まりって感じでしたね。私は芝居を続けられた。恵まれたほうです」

積み重ねた50年。集大成が今回の「Respect Me!」だ。芝居の「ミュージカルコメディー『Respect Me!』~ある教師の夢と現実~」とショーの「The Show『アリア、海と女』」の2本立て。宝塚と同じだ。しかも、宝塚の演出家、三木が脚本と演出を手掛ける。高汐とは宝塚時代からの盟友。

芝居は、高汐が「元T少女歌劇団のトップスター」を演じる。退団後、世界的歌姫にまでなったが、いまは京都で後進を育成している。そして、未沙(みさ)のえる、秋篠美帆、福麻むつ美、月影瞳。〝訳あり〟の教え子役で元タカラジェンヌが顔をそろえる。

「笑いと音楽と感動で、お客さまの心がちょっと揺さぶられる。そういう作品になると思います」

三木の少年時代も物語に反映しているという。高汐の50年と三木の人生の一部が重なった舞台になる。

「50年でさまざまな経験をした。大勢の方と出会い、育てていただいた。いまが一番充実しています。そんなときに今回の作品をいただいて、舞台人冥利に尽きます」と高汐は感謝の言葉を述べる。

背筋がまっすぐに伸びる。明るくよく響く声。ユーモアに富んだ語り口。トップスターのたたずまいのままだ。

大阪で大学の教壇にも立っている。「次の世代に伝えておきたいことがある」と今年、自伝的なエッセー本の出版も計画している。

「私は恵まれてここまできた。ご恩返しができたらいいなと思っています」(石井健)

高汐巴初舞台50周年記念公演「Respect Me!」は、28~30日に東京都豊島区のあうるすぽっと(区立舞台芸術交流センター)で。問い合わせは070・3191・0122(高汐巴後援会)。

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