山梨県の富士五湖地域で唯一の酒蔵である井出醸造店は「甲斐の開運」の銘柄で広く知られている。約300年前の江戸時代中期からみそやしょうゆの醸造を手掛け、江戸末期に始めた日本酒の酒蔵としても170年の歴史を持つ老舗だ。さらに、令和2年からウイスキー製造に取り組むなど、新しい流れを生み出そうとしている。
21代目の当主の井出與五右衛門(よごうえもん)社長は「豊富に湧き出る清らかな富士山の伏流水と、標高850メートルの厳しい冬の寒さという気候を生かした日本酒づくりを手掛けている」と説明する。さまざまなミネラルがバランス良く含まれる冷たい水と、寒さのため、発酵がゆっくりと進むことで、「雑味が少なく、淡麗できれいだが、飲み飽きのしない酒に仕上がる」という。看板商品の「甲斐の開運 大吟醸」は、全国新酒鑑評会などで複数回受賞するなど、実績もある。
かつては、冬の間に岩手県から杜氏(とうじ)や蔵人が来て、日本酒をつくってきたが、井出社長が就任してからは、社員が杜氏を務めるように徐々に体制を変えていった。「歴史がある酒蔵でも、その技術は杜氏によるもので、社員に継承されていないことは問題だ。地酒はその土地に住む人の嗜好(しこう)に合わせてつくる中で、肝となる部分は社員によって伝承していく必要がある」という井出社長の強い思いのためだ。数年前からは社員だけで、酒づくりをしている。
逆に、社員だけによる酒づくりによって問題になったのが年間の繁忙と閑散の差だ。秋に収穫した新米を使って日本酒を冬にかけて仕込み、春先には終わる。酒づくり以外の多くの業務はあるが、「夏場に新しいチャレンジはできないか」と考えた結果が蒸留酒づくりだった。
焼酎が第一の候補となったが、日本の人口が減って、日本酒の需要が減ったことを考えれば、海外市場を見据える必要があるとして、ウイスキー製造を決断した。