昨年12月25日のクリスマスの日、豊島区東池袋にあるサンシャイン水族館の上市光之(かみいちひかり)さん(26)は、静岡県沼津市の駿河湾で漁船に乗り込んでいた。
「メンダコ、おったぞー!」
底引き網を引き上げた漁師の声に胸を躍らせた。上市さんは深海生物の飼育担当で、展示するメンダコを捕まえるために乗船していた。
直径10センチあまりの赤っぽい体。頭にぴょこんとついた耳のような2つのエラがかわいらしい。見ようによってはエイリアンのようでも、未確認飛行物体(UFO)のようでもある。その日のうちに水族館へ連れ帰った。
「メンダコの体は柔らかいので、捕獲の際に網で傷つきやすいが、ほぼ無傷でした。奇跡的です」
上市さんは振り返る。
サンシャイン水族館ではこれまでにもメンダコを飼育したことがあったが、いずれも傷ついていたため、長くても2週間ほどしか生きられなかった。
× × ×
メンダコの姿は、タコといわれて思い浮かべる形とは大きく異なり、上から押しつぶされたようなその形からか、「面蛸」と書く。写真では分かりにくいが、脚も8本あり、その裏側には吸盤もある。駿河湾では水深200メートルほどの海底にいて、小さなエビなどを食べるそうだ。
捕獲の翌日から展示すると、たちまちアイドル的な存在になった。水槽の中で、耳のようなエラをひらひらと動かす。「人が水槽の前にたつと、自分で砂を巻き上げて隠れようとするんですね。でも、うまく隠れられていなくて、そんなところが愛らしい」
動画をSNS(交流サイト)に投稿すると大きな反響があり、「水槽の前には撮影しようと人だかりもできた」(広報担当者)。
3月12日、そのメンダコが死んだ。
× × ×
出勤した上市さんが水槽を確認すると、体を横たえていた。前日まで餌もしっかり食べていた。解剖したが、死因は不明のままだ。
展示期間は国内最長の76日間だった。