【ノーサイドの精神】 コロナ禍で中止になった全国高校選抜大会決勝当日の3月31日、埼玉・熊谷市で決勝で対戦する予定だった報徳学園(兵庫)と東福岡が練習試合を行った。いわば〝幻の決勝〟。37-10で東福岡が快勝した試合は、不戦勝で初優勝を果たしたばかりの報徳学園にとってリスクを承知の上での勇気のある決断だった。
中止が決まったのは前日だった。対戦相手に陽性者が出たことによる大会実行委員会の辞退勧告を東福岡が同日夕、受け入れた。泣き崩れる選手もいたという。正式発表は午後11時過ぎ。報徳学園の西條裕朗監督(59)に正式に伝えられたのはさらにその後だったが、毎年秋に定期戦を行っている縁で東福岡の藤田雄一郎監督(49)とは連絡を取り合っており、東福岡の選手たちの思いもくみ取り、中止になった場合、決勝と同時刻に練習試合を行うことを承諾していた。
とはいえ、懸念もあった。選手たちがどう受け止めるか。実際、翌朝になって練習試合のことを初めて伝えたところ、反応は微妙だった。一度、切れた気持ちを試合モードに戻すのは容易ではない。負ければ、優勝に〝ケチがつく〟という思いもあったという。
だが、FL植浦真仁主将(3年)を中心に選手たちだけで話し合い、試合をすることを決断した。西條監督は「子供たちがやりたくないというのなら練習試合は断るつもりでした。『やる』と言ってくれたのが、一番うれしかった」と目を細める。収穫も大きかった。PR木谷光副将(3年)は「フィジカルの差を感じました。秋(の定期戦)だったら間に合わない。この時期に気づけてよかった」と力を込めた。
筆者個人としては報徳学園の初優勝に真っ先に思い浮かべたのが、当コラムでも1年前に取り上げた兵庫・尼崎市のラグビー専門店「ウエカドスポーツ」の経営者で、昨年2月に74歳で亡くなった「兄さん」こと上門俊男さんのことだった。