野村氏自身もときに、悩み、ブレる。このシダックス時代の成績も必ずしも華々しいものではなかった。監督就任1年目に都市対抗野球大会の決勝に進出し、当初はリードするものの、逆転負け。采配ミスで、頭を下げることもあった。
阪神の監督を辞任せざるを得なかった野村氏、寄せ集め集団のシダックス野球部同様に、読者の胸を打つのが、著者である加藤弘士氏の新聞記者としての成長である。1997年に報知新聞社に入社した就職氷河期世代の加藤氏は、入社以来6年間、広告営業を担当した。記者志望だったが、採用面接で営業職を提示されそれを飲んだのだった。
異動の希望が通り、記者となったのは2003年のことだった。28歳の新人記者である。ちょうど野村氏がシダックスの監督になった頃に、彼はアマチュア野球担当となる。右も左もわからないまま、もがき苦しみつつ、成長する彼の姿もまた読みどころである。
シダックス野球部OB会が開かれた2020年1月25日、加藤氏はアマチュア野球担当だった時代と同様に、野村氏に向き合って取材をしていた。その17日後、野村氏の訃報が届く。落ち込む間もないまま、自宅にあるノートやスクラップを持ち、会社で必死に追悼記事を書きあげた。25時にすべての業務を終えたあと、トイレの個室で号泣したという。
野球ファンに限らず、ビジネスパーソン必読の一冊だといえるだろう。この春、読むべき本だ。どんな逆境も乗り越えられる、人間は成長する、さらには無駄な経験も、空白期間など一つもないことがよくわかる本だ。スティーブ・ジョブズ氏の伝説のスピーチにある「点と点をつなぐ」を実感することができる。野村氏だけでなく、すべての登場人物、さらには著者である加藤氏までもが点と点をつないでいく姿に心が揺さぶられる。
4月上旬が終わろうとしている。新しい環境に戸惑っている人は、ぜひこの本を読んで元気をもらってほしい。
大丈夫。いまの悩みはきっと解決される。将来「情熱大陸」や「私の履歴書」に登場する際に最高のエピソードになると信じて、今日も働こう。