浅草物語

凌雲閣 震災前のシンボル「十二階」 4年前にレンガ出土

産経ニュース
明治43年の絵葉書に使われた凌雲閣の写真(東京都台東区立図書館デジタルアーカイブから)
明治43年の絵葉書に使われた凌雲閣の写真(東京都台東区立図書館デジタルアーカイブから)

今から4年前、明治から大正にかけて浅草にそびえた「凌雲閣」(りょううんかく、通称・浅草十二階)に関心を持つ人々が、沸き立つできごとがあった。

「浅草2丁目の建設工事現場から、レンガが出てきている。遺跡らしい」

平成30年2月8日。東京都台東区教育委員会に区民から連絡が入り、文化財保護調査員の小俣悟(66)はすぐ現地に向かった。地下まで掘られた現場では、凌雲閣の土台のレンガと、それを支えたコンクリートが露出していた。昭和56年にも近くで遺構が見つかっていたが、それ以来となる〝出現〟。

「基礎は思ったよりきれいに残っていました。明治の造りですが、浅草のシンボルとして、当時の技術の力を入れて造られたのでしょうね」と小俣。

建設工事現場から出土した凌雲閣の土台のレンガ=平成30年2月8日(東京都台東区教育委員会提供)
建設工事現場から出土した凌雲閣の土台のレンガ=平成30年2月8日(東京都台東区教育委員会提供)

前回の出土と違ったのは、インターネットの存在だ。数日後、ツイッターなどで知った人々が続々と現地に集まった。人々は工事現場のレンガをのぞき込み、ここにあった「日本一高い塔」の面影を求めるように、空を見上げた。

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集まった中に、「浅草十二階 塔の眺めと〈近代〉のまなざし」(青土社)を出版した早稲田大教授の細馬宏通(62)がいた。当時は滋賀県立大教授で、仕事の合間を縫って新幹線で駆けつけた。

「前回は見られず残念だったが、レンガが土に埋まっている状態を初めて見た。明らかに十二階の基礎のラインが出ていて、大きさもだいたい分かった」と当時の興奮を振り返る。

凌雲閣の開業は明治23年11月。高さは一説に52メートルとされ、日本初の電動式エレベーターも鳴り物入りだった。明治30年発行の「新撰東京名所図絵」には「一眸(いちぼう)の下に東京全部を瞰視(かんし)し、西は函嶺(かんれい、編注・箱根山)より北は日光を望むを得べし、本邦第一の高塔なり」とある。目線を落とせば浅草寺や、近くの遊郭・吉原の様子も見えた。

「十二階は建ってからずっと同じ様子でいたように思われることが多いが、実は随分変わっている」と細馬は言う。エレベーターは安全性の問題で半年で操業停止になり、その後は階段に芸者たちの写真を掲示して人気投票を行う「百美人」の企画で集客を図った。景観の良さはやがて飽きられ、入場者が激減してからは、身売り先を模索。足元には30年代から私娼窟が広がり、「十二階下」はその代名詞にもなった。

それでもレンガ塔の立ち姿は美しく、絵はがきなどで浅草、東京、そして時代のシンボルとして欠かせない存在感を持ち続けた。小説や映画などにも登場し、3年前のNHK大河ドラマ「いだてん」での雄姿と、関東大震災で上部が崩れた無残な様子は記憶に新しい。

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出土現場には評論家で「東京スカイツリー論」(光文社新書)の著作がある中川大地(47)も駆けつけていた。中川は墨田区の新タワーと凌雲閣とを、同区の住民として結びつけようとした人だ。建設前の平成17年8月、「すみだタワー(仮)構想を考えてゆく住民の会」のメンバーとして「新凌雲閣-浅草一二〇階」の構想をまとめ、事業者の東武鉄道に提出した。十二階ではなく、「一二〇階」。

構想で中川は、関東大震災で失われた凌雲閣を、次の震災に立ち向かう不屈の意志を込めた防災拠点とすることをアピールした。中学生の頃に荒俣宏の小説「帝都物語」で知ったという凌雲閣。新タワー建設に「与えられた計画への賛否ではなく、住民自身が求めるビジョンをクリエーティブに発信したかった」といい、「都市が持つべき歴史的重層性の回復」のために凌雲閣の現役復帰を唱えた。

「関東大震災や空襲以降、ずっと下町の風景が失われていく流れの中で育った僕たちの世代が、むしろあり得たはずの風雅を取り戻す方向へと、歴史を逆転換してみたかった」

提案は採用されなかったが、歴史的重層性は、現実の東京スカイツリーにおいても重要なテーマとして扱われている。

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浅草では明治19年、浅草寺五重塔の改修で設けた足場が高所見物で人気となり、20年には高さ32メートルの「富士山縦覧場」も造られた。これは台風被害で解体され、その後に生まれたのが凌雲閣だ。開業はフランスのエッフェル塔誕生の翌年だが、浅草には浅草の高塔の系譜があった。

ただ、高いといっても52メートル。江戸川乱歩の短編「押絵と旅する男」(昭和4年)では、塔から見えた女に、男が焦がれる。「兄が申しますには、一月ばかり前に、十二階へ昇りまして、この遠眼鏡で観音様の境内をながめて居りました時、人込みの間に、チラッと、一人の娘の顔を見たのだ相でございます」

凌雲閣の跡地のビルには錦絵が描かれ、左奥には東京スカイツリーも見える=東京都台東区浅草(鵜野光博撮影)

333メートルの東京タワーや634メートルの東京スカイツリーでは高すぎて、焦がれるほどに見えたかどうか。細馬は「上から声をかければ振り向いてもらえるぐらいの高さで、こっちは見ているが、向こうは見られているなんて思いもしない。そんな一方通行性も面白い」と、凌雲閣の「適切な低さ」が、物語を生む土壌となってきたと指摘する。

4年前の現場。出土後に建ったビルの側面には、凌雲閣の錦絵が大きく描かれている。脇の通りからは、5月22日に開業10周年を迎える東京スカイツリーも見える。浅草の高塔は少し離れた場所で引き継がれ、そこから見下ろし、見上げる人がいる限り、塔の物語は紡がれ続ける。=敬称略(鵜野光博)

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