取調室で厳しく追及されても「やっていない」のであれば、無実の主張を貫けばいい。自白したのは、本当に「やった」ということではないか―。
重大事件で逮捕され、自白した被告が公判で否認に転じても、そうした疑念を抱く人は少なくない。「有罪になれば死刑や無期懲役の重罪が予測されるのに、無実の人が虚偽で自白するなんてありえない」との率直な思いがあるのだろう。
が、「ありえない」ことではないのは、再審無罪など今も絶えない冤罪(えんざい)事件が証明している。3月15日、国家賠償請求訴訟で大阪地裁が大阪府警の取り調べを違法と認定、府に賠償を命じた東住吉事件もそうだ。
平成7年、大阪市東住吉区で起きた住宅火災で入浴中の小6女児が焼死した。府警は放火殺人事件と断定し、母親の青木恵子さんと内縁の夫だった男性の2人を逮捕。2人は共謀してマンション購入資金のため女児の死亡保険金を得ようと、浴室に隣接する車庫に放火したと自白した。公判では無罪を主張したが、裁判所は放火を実行したという捜査段階の男性の自白を重視。18年に2人の無期懲役が最高裁で確定する。
その後、2人は20年超の身柄拘束を経て、28年の再審公判で「自白に証拠能力は認められない」として無罪となった。
三審制と逆の判断を導いたのは、弁護側による放火の再現実験だった。「車庫でガソリン約7リットルをまき、ライターで火をつけた」という男性の自白通りにガソリンをまくと、途中で気化ガスが風呂釜の種火に引火、一気に炎上した。男性が大やけどを負っていないのは不自然で、自白の実現性に疑義が浮上。車庫に止めた車の給油口からのガソリン漏れによる自然発火の可能性が強まった。
そもそも府警が放火説で固まったのは、保険金への疑念に加え、男性による女児への性的暴行疑惑が浮かび、怒りとともにバイアスを強めた可能性がある。最初から犯人扱いした取り調べでは、男性に否認すれば疑惑を公にすると圧迫を加え、贖罪(しょくざい)を求めた。青木さんにも女児の写真を見せて「謝る気持ちはないのか」と迫った。
心理学者の浜田寿美男(すみお)氏は自著「虚偽自白を読み解く」(岩波新書)で「無実の人を虚偽自白に追い込む最大の要因は、取調官が被疑者を犯人とする『根拠なき確信』に駆られ、被疑者が無実である可能性をいっさい考えず、謝罪を求めて、執拗(しつよう)に繰り返し追及することである」と指摘している。