憲法と自衛隊

自衛隊を「戦力以下の組織」として創設、吉田茂元首相の後悔 「軍事の重要性をもっと説くべきだった」 大きな矛盾を抱える原点

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吉田元首相は、軍事防衛の重要性を理解していた
吉田元首相は、軍事防衛の重要性を理解していた

今年は、岸信介首相による昭和35(1960)年の「日米安全保障条約の改定」から62周年に当たる。ただ、その原点は、吉田茂首相による同26(51)年の、いわゆる旧安保条約の締結である。その時の吉田氏の決断に学ぶことは、「日米安保の原点」を知るうえで不可欠だと思う。

「軽武装」「経済重視」の吉田氏の政策を、政治学者の永井陽之助氏は「吉田ドクトリン」と呼んだが、果たしてそうだろうか。

国際政治学者の高坂正尭氏も著書『宰相 吉田茂』(中央公論社)で、「吉田茂にとって、国際関係にとってもっとも重要なことは、その国が富み栄えているかどうかということであった。この、いわば商人的国際政治観は、第二次世界大戦以前から彼の行動を色付けている。だから、第9条を交渉の道具として使ったことも、彼にとって当然のことなのであった」として、吉田氏の「商人的政治観」を吉田ドクトリンの源流と捉えていた。

しかし、高坂氏は後年、吉田氏から「経済中心主義の外交なんてものは存在しないよ」と言われている。高坂氏も「彼(吉田氏)は、昭和25(50)年にはダレスの再軍備を断固として拒否したが、いつまでも日本の防衛をアメリカに大きく依存しようとは思っていなかった。彼があとから、能力に応じ、必要に応じて武装すべきであることを説いたことはよく知られている事実である」と認めている。

吉田氏自身も、1960年代には日本人に軍事防衛の重要性をもっと説くべきであったと後悔しているのである。

その意味で、現在の日本の政界、官界、経済界、マスコミ界の多くの人が「吉田ドクトリン」を誤解しているように思う。

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