高知県黒潮町は10年前、国が示した南海トラフ巨大地震の想定で、全国最大の34メートルの巨大津波に襲われる可能性が指摘された。この直後から「犠牲者ゼロ」の目標を掲げ、町ぐるみで防災対策に取り組んでおり、防災先進地として話題になることがしばしばある。
町は次のステップとして、被災後の復興方針をあらかじめ決める「事前復興」の取り組みを加速させ、沿岸地域をモデル地区に選定し次年度から住民や防災の専門家などと本格的な議論を始める。高台移転を含めた被災後のまちづくりについて話し合い、各地域の実情を踏まえた事前復興計画づくりを進める。
ところで、その黒潮町が出資し設立した黒潮町缶詰製作所は11日、創業から9年目を迎えた。実は、この会社は東日本大震災の教訓を生かすとともに事前復興の文脈に沿った町の防災施策である側面を持つ。現在の立地は海抜4メートル程度の津波リスクの高い場所だが、この工場は「商品開発」「販路開拓」「人材育成」を主として行う「ラボラトリー」(研究室)としての位置づけであり、「本工場」は自然リスクに強い場所に建設することが当初から計画されている。
近い将来高台などに移転し、町が大きな被害を受けても雇用を守り、人口流出を抑え、町に元気を取り戻す仕掛けとしての機能が求められている。とはいえ、売り上げ1億円程度の会社にできることは限られる。このため、工場移転を機に規模拡大することはもとより、地域内の原料を広く活用するための契約栽培や一次加工の町内での外注など、地域ぐるみで商品作りができる仕組みづくりも考えている。
例えば、原材料で使用している黒砂糖。これは江戸時代からの伝統製法によりサトウキビ果汁を職人たちが手作業で炊き上げて作る地域独自の砂糖だ。この砂糖も契約栽培ができるようになれば、農家の後継者問題や耕作放棄地の課題解決にもつながり、町の産業の持続可能性も高まる。まだ絵空事に聞こえるかもしれないが、移転計画の進捗(しんちょく)とともに、こうした産業面の備えも具体的に進むことになるだろう。
しかし、今できる事前復興の取り組みとは?それは、日々端正込めて愚直に商品を作り、より多くの方に、食物アレルギー対応にしてグルメ缶詰という分野を切り開いた防災缶詰を知っていただき、ファンになってもらうことだ。このことは、商品のファンたちが復興の後押しをしたという、かの有名な木ノ屋石巻水産「希望の缶詰」のエピソードが示唆している。
(高知県黒潮町職員 友永公生)