新聞に喝!

紙面から多様性が消えた日 美術家・森村泰昌

産経ニュース

このところニュースを見るのがあまりにもつらい。2月24日以来のことである。翌25日の産経の朝刊1面の見出しは「露、ウクライナ侵攻」(大阪本社発行版)であった。この信じ難いニュースただひとつによって、朝刊1面はまさに占領されていた。

断言できることがある。それは人間とはなんと愚かな生き物であるのかという点である。人間自身が引き受ける以外、他に持っていきようのないこの怒りとも嘆きともつかぬやり切れなさはどうしたものか。ロシアのプーチン大統領がどんな理由をかかげても、この戦争は正当化されることはない。権力者の決定ひとつで多くの命が奪われた。戦争とは結局は人間の愚かさの成れの果てなのであり、これが新聞紙面を覆い尽くすような事態に、私はもはや耐え難いものを感じているのだ。

紙面がたったひとつのニュースで覆われてしまうのは、たとえそれが戦争とは対極の平和で楽しい出来事であっても、私には何かしら不健全に感じられる。井上陽水さんの名曲「傘がない」(昭和47年)の歌詞を思い出す。テレビをつけると我(わ)が国の将来の問題を誰かが深刻な顔でしゃべっている。ところがこの曲の主人公の目に留まるのは、都会で自殺する若者が増えているという朝刊の片隅の小さな記事で、気になるのは今日の雨のことばかり…。

世界を揺るがす大事件が勃発すると、世の中の関心は大事件に傾いていく。しかしその一方では、他人にとっては些事(さじ)かもしれないが自殺にまで追い込まれてしまいかねない個々人の深刻な苦悩が続いている。地球上の一人一人の人生の総体が「人間世界」なのであり、新聞紙上には多種多様な人間の生きる様子が面的に併置されている。それを見て私はいつも世界の総体の縮図を眺めている実感を得ることができたのだ。

世界のディテールを併置して情報世界を地図化し、眼下に一望できる仕組みは、新聞だけが持つ貴重な特質である。時間とともに進むテレビ番組や、スクロールが基本のスマホには情報を面的に併置する意識は希薄に思われる。新聞の紙面がたったひとつの出来事に覆い尽くされるという、世界の多様性とは全く逆の事態を目の当たりにして、私はそれに耐える精神力を喪失してしまう。新聞をそのような不健全な姿に追い込んだ、人間の愚かさに一喝せねばならない。健全な紙面を取り戻すとき、すなわち、多種多様なニュースが紙面に載るときが戻ることを、強く願う。

【プロフィル】森村泰昌

もりむら・やすまさ 昭和26年、大阪市生まれ。京都市立芸大専攻科修了。ゴッホなど名画や歴史的な人物に擬した写真作品を発表。著書に「自画像のゆくえ」など。

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