世界のエネルギー市場が激しく揺れている。ロシアによるウクライナ侵攻を受けて国際社会は金融制裁を発動し、当初は除外したロシア産のエネルギーについても、米英が追加制裁で輸入禁止を決めた。市場では深刻な品不足に陥るとの懸念が強まり、原油や石炭、液化天然ガス(LNG)などのエネルギー価格が軒並み暴騰している。
日本も備蓄石油の協調放出やガソリン補助金などで価格の抑制に躍起だが、いずれも目先の価格対策にとどまり、その効果は限られる。岸田文雄政権は今こそ、「平時」から「有事」にモード転換する必要がある。
米英がロシア産を禁輸
米国はロシア産の原油や天然ガス、石炭とその関連製品の輸入禁止を決定し、即日実施した。すでに契約した分も45日以内に限って輸入を認め、それ以降は禁止する徹底ぶりだ。英国もロシアからの石油製品などの輸入を段階的に削減し、年末までに禁輸する。
バイデン米大統領は制裁効果を高めるため、欧州と協調した全面禁輸を模索していた。しかし、ロシア産の天然ガスや原油に対する依存度が高い欧州各国との足並みが揃(そろ)わず、まず米英先行で禁輸を決めた。バイデン氏は「ロシア経済の大動脈をターゲットにする」と輸出額の半分近くを占めるエネルギーに打撃を与える考えを強調した。
禁輸に難色を示したのはドイツが筆頭だ。同国のショルツ首相は米英の追加制裁の決定に先立ち、「われわれはロシアからのエネルギー輸入が当面必要だ」とする声明を発表し、輸入の継続に理解を求めた。
資源国でもある米英は、ロシア産の天然ガスや原油に対する依存度がもともと低い。これに対してドイツは、ロシア産の天然ガスに5割超を依存し、原油も約3割を調達している。世界の脱炭素を牽引(けんいん)し、再生可能エネルギーの拡大や脱原発など急進的なエネルギー政策を進めてきたが、国の基本であるエネルギー安全保障を他国に委ねる危うさを浮き彫りにした。
日本の立場も苦しい。わが国はロシアから液化天然ガス(LNG)を8%、原油を3%、そして石炭を13%輸入している。岸田氏は「バイデン氏は、同盟国の多くが参加する立場にないことを理解した上で措置を進めている」と米英には同調できないとの考えを示した。
曖昧戦略は通用するか
ウクライナ侵攻でエネルギー価格は騰勢を強め、米英の禁輸で需給逼迫(ひっぱく)懸念はさらに深まった。各国がLNGや原油の調達を急ぐ中で、日本だけが代替品に切り替えられる状況にはない。政府からは「今は嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかない」との本音も漏れてくる。
しかし、そうした「曖昧戦略」が国際社会でどこまで通用するかは不透明だ。国際石油資本(メジャー)の英シェルと米エクソンモービルは、ロシアの極東サハリンでの石油・天然ガス開発事業からの撤退を相次いで発表した。英大手BPもロシア事業からの撤退を発表しており、欧米エネルギー勢のロシア離れは加速している。
一方、日本はサハリン事業に政府系企業や大手商社がそろって参加し、国家事業と位置付ける。そこではロシア側と共同で資源開発を手掛けており、単なる輸入者の立場とは異なる。このまま日本として何も手を打たない選択はあり得ない。
ドイツの二の舞い回避を
サハリン事業からの撤退の決断も含め、岸田政権には「有事のエネルギー政策」が問われている。ガソリン価格の高騰は長期化が予想されており、価格を抑えるため、ガソリン税を一時的に下げる「トリガー条項」の凍結解除も必要だろう。
値上がりしているのはガソリンばかりではない。電気料金も同じだ。とくにLNGや石炭など火力発電の燃料調達が不安定になっている以上、安価で安定的な電力供給を確保するためにも、安全審査の進んだ原発を一時的に緊急再稼働させ、電気料金を引き下げる取り組みも検討すべきである。
さらに脱炭素政策の見直しも急務だ。再生エネは貴重な国産電源だが、その発電変動を抑えるには火力発電による調整が必要となる。再生エネを過信すれば、ドイツの二の舞いになりかねない。再生エネを主力電源化するとした政府の「第6次エネルギー基本計画」も早急な改定が求められる。
資源小国の日本は今が正念場である。多様な電源構成を確保する具体的な取り組みを急ぐべきだ。(いい しげゆき)